ネコ、ねこ、猫づくしの歌舞伎絵本『どこじゃ? かぶきねこさがし』は、初心者も歌舞伎通も楽しめる工夫がいっぱい! 著者対談 瀧 晴巳(文)×吉田 愛(絵)

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

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右が瀧さん、左が吉田さん

どこじゃ? かぶきねこさがし かぶきがわかるさがしもの絵本』
著者対談 瀧 晴巳(文)×吉田 愛(絵)

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 歌舞伎を観に行ったことがありますか?
もしないなら、お薦めしたいのがこの一冊。
「このネコ、どこじゃ?」の答えを探して絵を眺めていた瀧 晴巳(文)×吉田 愛(絵)ら、知らないうち歌舞伎通になれる! そんな絵本が誕生しました。

なんとも不思議な絵本だ。なにせ、檜舞台で見得をするのも、それにやんやと喝采を浴びせかけているのも、どっちも猫なのだから。

「歌舞伎ってむずかしそうって思うかもしれませんが、かわいい猫たちの絵で見れば敷居が低く感じられるのでは?」

そう語るのは、今回、構成と文を担当した瀧晴巳さん。大学生の頃からの歌舞伎好きだとか。

「大学のサークルで『演劇を観る会』というのがあって、京都で顔見世を見たのが最初でした」

顔見世とは歌舞伎のお正月ともいわれる重要な公演で、中でも歴史が古い京都・南座での顔見世は、師走の京都の風物詩となっている。

「私も、観るまでは歌舞伎に堅苦しいイメージを持っていました。でも初めて観たのに、気持ちをぐっと持っていかれて、とても驚いたことを覚えています。学生だったから一番安い席でしたが、顔見世ならではの華やかな雰囲気がまた良かったんでしょうね」

絵を描いた吉田愛さんも、やっぱり初見から歌舞伎のとりこになったそう。

「15年ほど前に、歌舞伎好きの友達に国立劇場の歌舞伎に連れて行ってもらったのが最初でした。私も歌舞伎はすごく難しいものと思っていたので、あまりのおもしろさに、むしろちょっととまどってしまったほど。こんなに笑ってしまっていいのかな、とか(笑)。それですっかりはまってしまい、他にもたくさん観てみたいと思ったのですね。でも、チケット代が……と心配していたら、友達が格安で見られる歌舞伎座の幕見席の制度を教えてくれて、それから歌舞伎座に通うようになりました」

歌舞伎は全然むずかしくないよ!と口を揃えるお二人。でも、やっぱり、少しは予習をして行かないと、意味がわからなくて寝て終わってしまうのでは……と心配なあなたは、どうぞご安心を!

そんなあなたのための一冊が、この絵本なのだ。

目で見て楽しい、探して楽しい、読んでも楽しい

歌舞伎の入門書はすでにたくさん出ている。やさしく解説されているものも少なくないが、でもやはり「お勉強」感があって、今ひとつ手が出ない。

でも、絵本ならどうだろう。ページをめくると、そこには愉快でちょっとトボけた猫たち――瀧さんの言葉を借りると「かわいいだけじゃない」猫たちが、ワイワイガヤガヤ愉しそうにやっている。

「吉田さんの描く猫はとっても表情が豊かで、ふてぶてしい顔をしています。私は、そこがすごく好きなんです」

吉田さんが歌舞伎猫を描き始めたのは、土産物店で販売する歌舞伎グッズを卸す会社に勤める知人からの相談がきっかけだったそうだ。

「歌舞伎にかかわるお仕事ができるのはうれしいものの、普通に歌舞伎の場面を描くだけではおもしろくないと思いました。そこで、いろいろと頭をしぼっているうちに、ふと歌川国芳が描いた歌舞伎猫の絵が頭に浮かんで、あれをやってみることにしたのです」

こうして生まれた歌舞伎猫は『かぶきねごつくし』と名づけられ、ポストカードなどに商品展開された。

それを歌舞伎座のショップで見かけた瀧さん、見た途端に思わず手が伸びていたという。

「ショップをのぞくたびに、そのときの演目に従った絵の商品が販売されていることに気づいて。ご存じの通り、歌舞伎座の演目は毎月変わります。だから、それを追っかけて絵を描くだけでも大変なはずなのに、どの猫もちゃんと役を理解して、しっかり演技している。しかも、描く場面がすごく通好みというか、全体をわかっていないと、ここをピックアップしないっていう場面ばかりなんですね。きっと、描き手の方は歌舞伎をよく理解していらっしゃるのだろうなと思っていました」

だから、この絵本の企画を聞いたときから、絵を描いてもらうのは、吉田さんしかいないと決めていたそうだ。

「今は猫ブームですから、登場人物を猫にすることで、歌舞伎にはなじみがないけど、猫なら大好きという方も興味を持ってくださるのではという思惑もありました。間口を広げたかったのですね。また、そもそも絵がとても魅力的なので、絵本好きの方にも選んでいただけるのではないかという狙いもありました」

老若男女問わず、みんなに歌舞伎を楽しんでもらいたい。そんな願いを込めて作った絵本は、狙い通りとてもとっつきやすく、そしてどれだけ眺めていても全然飽きがこない、スペシャルな一冊に仕上がった。


著者が直々に指南
『かぶきねこさがし』の遊び方

まずはカバーを見てみよう。

中央では『勧進帳』の弁慶と富樫が、緊迫感あふれる場面を演じている……はずだが、どうもゆるっとしているのだ。

「そうなんです。人間が演じると重くなる場面も、猫だとなんだか長閑でしょう?」

ともすれば、血なまぐさい陰惨な場面もある歌舞伎も、猫で描くと残酷さが緩和され、ユーモアが感じられるようになると吉田さんはいう。

「後に出て来る『仮名手本忠臣蔵』の討ち入りの場面だって、一番のクライマックスなのにこけている子はいるし、師直邸から寺へ向かう橋のシーンは、猫集会から帰ってきた集団みたいに見えると思います(笑)もちろん猫たちは真面目に演じていますが。」

本文の構成は三段構え。

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最初に演目のタイトルとあらすじのページがある。歌舞伎の物語は入り組んでいて、しかも登場人物が多いので、一度見ただけでは全容をつかむのはなかなか難しい。しかし、本書では、瀧さんがストーリーをすっきりと整理しつつ、作中特に重要な転換点となる見どころを絵付きでわかりやすく紹介してくれている。

「子どもさんも読む本なので、できるだけ難しい言葉は避けています」

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次のページは人物紹介だが、ここで描かれた猫たちのしぐさや衣装をしっかりと見てほしい。歌舞伎好きならすぐに気がつくだろうが、どの登場人物(猫?)たちも、実際の舞台そのままの姿形をしているのだ。

「歌舞伎って、役ごとに細かい決まりごとがあるんです。この芝居のこの役は、絶対この柄の着物じゃないとだめ、とか。江戸時代の人たちも、きっとそういうディテールの細かいところにキャラ萌えしていたんじゃないかと(笑)。でも、そこはきっちりと再現しなくてはならないので、吉田さんは大変だったと思います」

気遣う瀧さんを尻目に、

「いえいえ、すっごく楽しかったですよ! おかげで金糸の表現とか、うまくなりましたし!」と、なんともあっけらかんとした吉田さん。

そんなお人柄は、猫たちにも反映されているようだ。

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『勧進帳』のねこさがし絵

 3ページ目『ねこさがし』絵の猫たちは、どれもこれも実にカラッと明るく、生き生きしている。

「歌舞伎って、ひとつの演目の中に舞踊があったり、お芝居があったり、バラエティに富んだ見せ場の集合体みたいなところがある。それを吉田さんは一枚の絵にぎゅっと閉じ込めました。これもすごい技です」

たとえば、『菅原伝授手習鑑』だと、三段目の「車引」は歌舞伎らしい様式美に満ちたシーンだが、上演される機会が多い四段目の「寺子屋」は、語りや演技が普通のお芝居に近い。

「そういうテイストの違いを尊重しつつも、全体がひとつに見えるように描いていらっしゃるんですね。すごいなあと思いました」
さらに、舞台には登場しないが、状況的にはいるはずの人々(猫々)も書き込まれている。

「見てください、ここ」

瀧さんが指し示したのは、『仮名手本忠臣蔵』を再現する絵の一角だった。

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「ここ、一力茶屋(大星由良之助がスパイの目をあざむくために遊興にふけっている茶屋)で働く女たちの控室(仲居部屋)なんですけど、みんな伸び伸びしているんですよ。絵草紙を読んだり、恋文に目を通したり、猫らしく爪とぎをしたり。それに、女子の部屋らしく壁にはイイ男、助六の絵が飾ってあるんです」

「あ、ぶら下がっている鈴や鞠は、イライラした時にじゃれて気晴らしするためのものです」

こ、細かい!

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さらには、特別ゲストが出て来る絵も。

「『青砥稿花紅彩画』の絵の、ここを見てください」

吉田さんに促されて注目した場所にいたのは、巡礼姿で串団子を食べる猫だが、

「これ、『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』の真柴久吉(ましばひさよし)なんですよ」
との説明が入ったとたん、瀧さんは「そうなんだ! 知らなかった」と大喜び。

『楼門五三桐』と『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』は別の芝居なのだが、どちらも寺の山門が重要な舞台になっている。

「久吉は山門が見えたからひょこひょこやって来たものの、『あ、ここは京の南禅寺じゃなくて、鎌倉の極楽寺だにゃ。間違っちゃった』って気づいた。だからのんびり団子を食べているんですね」

探しもの絵本なので、各ページには何を探せばいいのかヒントが書かれているのだが、それを見つけてもまだお楽しみは終わらない。通であればあるほど長く遊べる仕掛けがいっぱいなのである。

もちろん、何も知識がなくても全く問題ない。のどやかでにぎやかな猫たちの様子を見ているだけで、心が浮き立ってくること請け合いだ。

今回はページ数の関係で五演目のみとなったが、まだまだ紹介したい芝居は山のようにあるという。

「『夏祭浪花鑑』など、一部はすでに吉田さんが絵を完成させているものもあります。もしこれが好評なら、第二弾も出せるので、ぜひお買い求めいただければ」

「私が描いた猫の歌舞伎がきっかけとなって、人間が演じるちゃんとした歌舞伎を見たいと思ってもらえたらうれしいです」

『かぶきねこづくし』原画展のお知らせ

「稲瀬川勢揃いの場」の白浪五人男(『青砥稿花紅彩画』より)原画

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たくさんの「かぶきねこ」たちがひしめく、色鮮やかで美しい原画。実はけっこう大きいサイズなんです。下記の書店さんで原画展を開催。この機会にぜひ、原画で「かぶきねこ」をご堪能ください。

●丸善丸の内本店(3F) 3月28日(火)-4月17日(月)

●ジュンク堂書店池袋本店(8F) 4月19日(水)-5月7日(日)

※通常、原画展の行われる通路側ではなく、
新規に読み聞かせコーナーの壁で原画展をすることになりました。

●ジュンク堂書店大宮髙島屋店  5月10日(水)-5月31日(水)

 

構成=門賀美央子
写真=下林彩子