いじめ、虐待、DV…“不道徳な行動”の裏にある生存戦略とは―進化生物学で読み解く

社会

2017/6/1

『いじめは生存戦略だった!? 進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』(小松正/秀和システム)

 いじめ・児童虐待……人間社会には、目を覆いたくなるような凄惨な事件が相次いでいる。残念なことに未だ解決の兆しが見えないこれらの問題だが、人はどこかでこういったいわゆる「同族殺し」に繋がる行為は人間特有のものだと思ってはいないだろうか。だが、実はそうではないかもしれない……そう綴るのが『いじめは生存戦略だった!? 進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』(小松正/秀和システム)である。人間社会の諸問題に、進化生物学からのアプローチを試みよう。

 まずいじめについてだが、そもそもいじめとは何だろうか。文部科学省によると、いじめの定義は「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」となっている。決して許されることではないいじめだが、集団を作る生物の間では、実は生じて当然の現象でもあるらしい。群れを作る動物は多くおり、それは生存率を上げるためだったり天敵に狙われにくくするためだったりする。だが、群れを作ることで力の強い個体が力の弱い個体よりも餌や雌を独占するという現象も同時に起こる。こういった状況の中で、自分の餌などを確保するために攻撃性を獲得するのは至極当然であり、そこから仲間同士の攻撃……つまりいじめが発生するのだ。だが、自然界には同時にいじめを抑制するメカニズムも存在する。それが、群れの中における絶対的な序列の存在だ。

 ニワトリの群れなど、個体同士の序列がはっきりしている群れではいじめ現象は少なくなる。これは、一度序列が決まると序列の低い個体は高い個体を避ける、つまり争いを回避する行動を取るようになり、また序列が絶対であることから高位の個体はそうでない個体を攻撃する理由もなくなる、つまり仲間同士で攻撃し合う意味がないのだ。だが、人間の集団ではなぜかそうはならない。何がいじめを激しくさせてしまうのかというと、それは競争だ。例えば、チンパンジーでも餌などを理由に競争を行わせると、攻撃性が高まっていく実験結果がある。ちなみに、仲間同士を攻撃する現象が環境の変化により収まった事例もある。群れの上位に位置していた攻撃性の高い雄が伝染病で全滅してしまい、その後、生き残って序列の上位に来た雄は協調的で大人しい個体ばかりとなった。それにより、群れの状況が一変し、群れの若い雄や雌の攻撃性が下がり、また別の群れからやって来た若い雄も攻撃性を示す率はぐっと下がったという。人間の集団でも環境を変えることでいじめへの対策になるのではないかという期待が持たれているようだ。

 数ある犯罪の中でも、児童虐待などは家庭という閉鎖空間で起こるため、外部の助けがなかなか得られない点で深刻な問題を抱えていると言えるだろう。これらの行為は、実は進化生物学で説明できるという。人間特有の行為であるように思う児童虐待だが、実は動物界でも起こり得るのだ。育児放棄などは、むしろ日常的に起こっていることだ。動物の育児放棄がどのような状況で行われるかというと、多くは親自身の生存が危うくなった時や、子どもが大怪我をし、その生存が絶望的な場合に親はその子を育てることを放棄し、次の子どもを産むことにシフトする。例えば、ジャイアントパンダは通常1頭または2頭の子を出産するのだが、2頭産まれた際にはより体の大きい1頭しか育てず、小さい方は育てることを放棄されて死んでしまう(飼育下の場合は保護されるため、2頭とも生存できる)。どうして育てないのに2頭を産むのかと言えば、これは体の大きい子どもが何らかの理由で生存できなかった場合、もう1頭を保険とするためだと考えられている。子どもを産む目的はそもそも“自分の遺伝子を残すこと”であるため、何度か出産を繰り返してその中の一部が生き残れば良い……つまりひとつの個体に執着する必要がないのだ。また、子殺しも同様で、自分の遺伝子をより確実に残すために雄は別の雄の子どもを殺すことがある。これは、子どもが居るうちは雌が発情期にならず、かつ巣立ちを待つ余裕が自然界にはないためである。だが、これらはあくまで動物界の話だ。人間には、発達した医療もあれば様々な福祉制度もあるし、最後の手段として施設という手もある。生存の可能性・遺伝子……人間に生まれながら、そんな動物的本能で消されてしまう命が少なくなることを願うばかりである。

文=柚兎