地味な人生を歩いた父には「愛したもの」があった――40過ぎの独身女性6人の物語。疲れた心を癒す優しい短編集『あなたは、誰かの大切な人』

文芸・カルチャー

2017/6/24

『あなたは、誰かの大切な人』(講談社)

幸せの形は色々ある。昔は、結婚をして、家を建て、子どもを育てることが1つのステータスだった。現代では多様化する価値観によって、みんながそれぞれ自分の人生の在り方を探すようになった。結婚も家も子どもも、日本人すべてに当てはまる幸せの形ではなくなってきている。これはとても良いことだと思う。しかし裏を返せば、日本人が目指すべき一定のラインを、それぞれが引き直すことによって、一人ひとりが自分の幸せの形を自力で見つけ出す必要が出てきた。これはなかなか大変な作業ではないか。

原田マハさんの短編集『あなたは、誰かの大切な人』(講談社)には、6編の短編の中で、それぞれ6人の女性が登場する。全員が独身で、アラフォー以上の年齢。大人の女性が主人公だ。6人とも幸せな生活を送っているとは言いきれないが、彼女たちは全員、自ら選んだ人生を生きていた。

■無用の人

美術館で学芸員として働く羽島聡美。彼女の職場に宅配便が届く。ひと月前に他界した父からだった。集荷日は2月1日。配達希望は4月5日。父が他界したのは3月1日。父は死のひと月前から聡美に宅配便を出していたのだ。両親の熟年離婚という結果により、父と疎遠だった聡美は、少々気味が悪いと感じながらも、宅配便の茶封筒を受け取った。中を開けると……何かの鍵が出てきた。

6編のタイトルのうちの1つ「無用の人」。この「無用の人」とは聡美の父、羽島正三を指している。彼は、結婚した母から、職場から、疎ましがられた。物静かで、自己主張をするタイプの人間ではなかったことが一因かもしれない。聡美にとっても父の存在はそれほど大きなものではなかった。まさに「無用の人」だ。しかし、この茶封筒に入れられた鍵によって、聡美は父の知られざる一面に気づき始める。

本書には、あっと驚くストーリー、心ときめく恋愛ストーリーが描かれているわけではない。しかし登場する6人の女性の現在、彼女たちのバックボーン、その周りにいる人々を繊細に描きだすことで得られるリアリティがつまっている。物語が少しずつ進行していく中で変化していく彼女たちの心情が、読み手にしっとりと伝わってくる。

聡美は宅配便によって改めて父のことを思い出した。母から、職場から疎ましがられ、地味な人生を歩いた父には「愛したもの」があった。それを誰にも言うことなく死んでいった父が遺した鍵から、聡美と父のつながりが浮かび上がる……。

人生には様々な形がある。華やかな人生もあれば、何だか冴えない平凡な人生もある。人はそれぞれの道の中で、自分が生き抜くだけの量の幸せを見つけなくてはいけない。しかしそれさえも見つけられなかったら、その作業が辛くなってしまったら、一体どうしたらいいだろうか。そんな、ちょっと疲れてしまったとき、本書を読んでみてほしい。本書には「人生とはこう生きるべし!」なんて厚かましいことは書かれていない。けれども、心がホロっとほぐれるような優しいストーリーがつまっている。多様化する現代に疲れてしまった人の心を温めるストーリーが本書に描かれている。

文=いのうえゆきひろ