「人はなぜ、心を病むんだろう」精神科のリアルな現場

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更新日:2017/7/31

『精神科ナースになったわけ』(水谷緑/イースト・プレス)

「人はなぜ、心を病むんだろう?」目に見える身体の怪我とは違い、わかりづらい心の病気。心をみる現場――精神科病院で働く看護師や医師、そして患者のすがたを描いた『精神科ナースになったわけ』(水谷緑/イースト・プレス)が刊行され、たちまち重版。大反響となっている。

 本書に描かれているのは、心の仕組みを知りたくて精神科看護の世界に飛びこんだ新人・太田さんが見た、精神科のリアルな現場。太田さんは実習ではじめて精神科病院に足を踏み入れる時、怖い人がいたらどうしようと不安を抱いていた。しかし、精神科病院の中に入ってみると、患者たちはテンションが低い人ばかりで、それぞれが思い思いに過ごしていて、その様子を「超だるい日曜の午後in家」みたいだと言い表している。

 精神科で診る患者さんたちは、統合失調症やうつ病、認知症などさまざまで、妄想や幻覚、自傷行為など症状にも個人差がある。本書では、絶対に帽子をとらない人、リストカットを繰り返す人、笑顔で前向きな姿勢も見せていたのに外出先で自殺してしまった人、さまざまな患者さんたちが登場する。そんな患者さんたちと太田さんが向き合って見えてきたもの。おかしいとおかしくないの境界線はどこにあるのか?

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 本書で登場する患者さんに統合失調症の細木さんという女性がでてくるのだが、彼女は臭くなっても暑くても、毛糸の帽子をずっとかぶっている。細井さんは「帽子をかぶらないと脳みそが出てくる」という妄想を持っていて、彼女はそのルールの上で生きている。おかしな行動に見えても、その人その人の理由があって、精神科看護の教科書では妄想は否定も肯定もしてはいけないと書いてある。しかし、患者さんにとっては毎日目の前で起こっている現実。太田さんは細井さんが帽子をかぶる理由を考慮したうえで、ある提案をする。その太田さんの提案により、細井さんは髪を洗髪、ドライヤーまでかけられるようになり、笑顔を見せてくれるようになった。

 精神科病院で人の心をみる太田さん。彼女はOLから精神科の看護師になった人で、そのきっかけは母親の死だった。母が死に、母の分も生きなくてはと、がんばって仕事をこなしていた太田さんだったが、任されていた大きなプロジェクトが成功したあと、心の糸がプツリと切れた。普段なら我慢していたことが我慢できず、怒りに任せ人を傷つけ、泣いて泣いて…。そして、はっと我に返ったときに「私、今、やばくなかった?」と、心の不調に気が付いた。それから、心の病について興味を持った太田さんは会社を辞めて、看護学校に入学、彼女は精神科の看護師になった。

 自身が心を病んだことがあるからこそ、患者を理解しようとする太田さん。おかしいことに見えても、その人にとっての理由がある。患者さんの行動の根本にゆっくりと向き合っていく。

「閉じ込めている寂しさを出して、本当の気持ちを言葉にして、誰かに発する。それが心の病気の予防や治療になる」

 本書では精神科看護の過程や、患者と精神科で働く人たちの葛藤もしっかりと描かれている。身体と同じで、心だっていつ病むかわからない。人生の転機、環境の変化、普段の生活の延長線上に、心を病むきっかけが存在している。心はなぜ病むのか、興味を持った人はぜひ手に取ってほしい一冊だ。

文=なつめ