なぜセザンヌは蒸気鉄道が好きだったのか?――水野和夫、山本豊津著『コレクションと資本主義』を読む

文芸・カルチャー

2017/9/9

『コレクションと資本主義 が教える経済とアートの驚くべき関係』(KADOKAWA)

■アートとマクロ経済の幸福な結びつき

興味はある。けれどつい、敬して遠ざけてしまうもの。それがアートとマクロ経済だ。

海外では地位ある大人が、「アートなんて知らない」とは、口が裂けても言えない。音楽、文学、美術などひととおりの文化的素養を知っておくのは必須で、そうでなければ才のない人と見なされてしまうから。

ところが日本では、「どうも文学や芸術には明るくなくて」と挨拶するのが許される。むしろそのほうが誠実かつ実直そうで、好感をもたれたりする風潮すらある。一種の照れ隠しだろうか。

経済についても同じ。自分が属する業界の今日の株価や、経済新聞の一面に載る企業の動向は、ビジネスパーソンなら知っておくべきとされる。

一方で、国家単位の経済動向を、歴史を踏まえつつ語ろうとでもすれば、ただ煙たがれるのがオチ。ミクロ経済は役に立つからいいが、マクロ経済となると「頭でっかち」「机上の空論」と敬遠されがちだ。

なんとも、もったいない。アートもマクロ経済も、ただちに今日の商談で役立つわけではないにせよ、知れば一生ものの教養として、生きるための武器になってくれるというのに。

ならばいっそ、その2つを掛け合わせ、一挙に学んでみるのはどうか。そんな大胆な企みが動き出し、形を成したのが『コレクションと資本主義』(水野和夫、山本豊津/KADOKAWA)だ。

それぞれのジャンルを代表する碩学2人が、論考と対談によって、いまこそ押さえておくべき「知」を教えてくれている。

案内人は、アートのほうが山本豊津。日本で最初に現代アートを本格的に扱ったことで知られる銀座の老舗「東京画廊」の現代表。そして経済は、法政大学教授の水野和夫。『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社)など多数の著書で、「水野史観」とも呼ばれる独自の理論を展開して人気を博す。

■セザンヌの絵画革命は、鉄道のおかげだった?

第一人者同士が、知と経験をフル稼働しながら展開していく話は、全編にわたってスリリングだ。アートと経済の歴史を同時に読み解いていくと、両者がこれほどまでに切っても切り離せぬ関係性にあるのかと驚かされる。

たとえば、セザンヌである。19世紀後半に絵画の革新を成し遂げた画家で、後進への影響力は絶大だった。目の前にあるものを、ただ引き写すだけが絵画じゃない。事物の本質を見抜いて、それを画面に定着させるのだという主張には、マティスもピカソも心酔した。いわば、「現代絵画の父」とも呼ぶべき存在である。

山本は本書で、セザンヌのこんな挿話を披露する。

1878年のこと。新しい絵画を模索していたセザンヌは、生地エクス・アン・プロヴァンスとパリを結ぶ列車に乗っていた。疾走する汽車の車窓からは、故郷の象徴たるサント・ヴィクトワール山が望めた。

「何と美しいモティーフだろう」

セザンヌは胸を打たれ、のちに代表作となる山の連作を描き始めたという。

スピードに乗った車窓から眺めれば、風景のディテールは消えて、形や色は混ざり合っていく。その様子を美しく感じて絵にしようとすれば、細かい部分まで精細かつ本物そっくりに描くことなんて必要じゃなくなる。それよりも、全体の印象をしっかり捉えたうえで、自分が見たまま・感じたままの色と形をキャンバスに置いていけばいい。たとえそれが実際の事物の姿とかけ離れていたって、そんなことは一向にかまわない。

そうして描かれたセザンヌの作品は、外界やお手本をいかに忠実に写すかに腐心していた従来の絵画を、一新したのだった。後に20世紀の画家たちが、事物との対応関係を離れて純粋に色と形だけで画面を構成する「抽象絵画」を生み出したのは、セザンヌによる絵画の革新に依る面が大きい。

山本がセザンヌの挿話を披露する前に、水野は19世紀欧州の経済事情を丁寧に説明している。

いわく、17世紀には政治と宗教が分離した国民国家が誕生し、各々の国家は富の「蒐集」へと乗り出した。18世紀にできて現在も開館している大英博物館やルーヴル美術館は、まさに蒐集の成果の賜物である。

蒐集された富、知識、情報が最も多く蓄積されたのは、海の世界を軍事力で支配した英国だった。その蓄積が技術革新を生み、やがて産業革命へと結びつくこととなった。

そうした歴史の流れと社会状況のなかに、もちろんアーティストも存在している。セザンヌがなぜ19世紀後半に絵画の革新を成したかといえば、その時代に蒸気鉄道が実用化されていたからであり、一般市民たる彼でも利用できる社会状況が整っていたからだ。

どの時代のどんなアートも、必ずや社会・経済の大きな流れに則っているのだ。

■印象派とは「産業革命礼賛絵画」である

セザンヌとほぼ同時代を生きた、印象派の画家たちもまた同じ。彼らは、従来の絵画が題材にしてきた神話や宗教、歴史の名場面を扱う代わりに、身近な生活をモチーフにした。

市民社会が成熟してきたことで、「私たちの暮らし」こそ描くに値するものだと確信できたのだろうし、急速に発展する世の中が大いに刺激的だったということもあったろう。モネやルノワールらの印象派は、産業革命下の世界を謳歌し、それを礼賛する絵画を描き続けていたのだといっていい。

セザンヌや印象派に先立って農村の暮らしを描いた、ミレーやコローらバルビゾン派と呼ばれる画家たちがいる。彼らもまた産業革命の申し子であると読み解ける。

産業革命は先進国の国土における都市化を促したが、それがあまりに急激だったゆえ、反動も起きた。農村のよさが見直され、喧伝される時代だったからこそ、彼らは農村に着目してモティーフにした。作品の享受者たる市民にも、そうした絵を受け入れる素地が、すっかりできあがっていたのである。

アートはとかく実世界とかけ離れてフワフワ漂っているイメージをもたれるが、なるほどちょっと考えてみれば、画家や彼らの生み出す作品が、浮世離れして存在しているわけはない。

大局的な視点から物事を論じるマクロ経済にしても、何も人々の実生活に結びつかないような血の通わぬ理論を振りかざすものではない。むしろ、アートやマクロ経済をつぶさに見ていくことは、人がこれまで歩んできた道のりを、実感を持って体得する最良の方法だ。

そう気づけたのも、一見すると結びつきそうにないアートと経済をうまく出会わせて、それぞれのよさを引き出し合った『コレクションと資本主義』の、企画と構成の妙に依るのである。

文=山内宏泰(美術ライター)