ダ・ヴィンチWeb「学生エッセイコンテスト」結果発表! 特別賞『「水槽の脳」の敗北』

マンガ

公開日:2022/7/1

 2022年4月、ダ・ヴィンチWebと、学生のクリエイティブなアイデアを募るプラットフォーム「FLASPO」がコラボレーションし、学生向けエッセイコンテストを開催しました。テーマは『コロナ禍の学生生活』。想像をはるかに上回る多くの応募が寄せられ、しかもそのどれもが力作揃い。編集部全員で目を通し、入賞作品を決定しました。

 惜しくも入賞はならなかったものの、「これはぜひ掲載したい!」とダ・ヴィンチWeb編集部が考えた「特別賞」の作品をご紹介します。

 今回は、ペンネームまぴさんの、タイトルは『「水槽の脳」の敗北』です。

advertisement

コロナ禍で、人を「人」だと思えるようになった気がする。

「水槽の脳」という思考実験がある。私達が見ているこの世界は、実はコンピューターに繋がれた脳がつくる仮想現実に過ぎないという主張である。この主張に、私は中学生の時に魅了された。純粋無垢な心を忘れ、すっかり疑い深くなってしまった思春期の私の心に、深く突き刺さったのである。友達の手を握りだしては、「本当に生きている?それとも、これは幻想?」としつこく尋ねだし、奇異の目で見られる始末だった。

 高校に入ると、なぜだか私は、以前ほど熱狂的に「水槽の脳」にとりつかれることはなくなった。あまりに友達にドン引きされたからかもしれない。しかし、やっぱり「水槽の脳」の影響力はすごかった。自分と全く繋がりのない他人に対して、「本当に生きている?」と疑う気持ちだけは消えなかった。

私は怠惰な人間で、高校生の頃は、よく遅刻をしていた。9時過ぎに乗る電車。サラリーマンの姿はちらほら見えていたが、学生は私。と、もう一人いた。ぱっちりとした大きな目が印象的な、綺麗な女の子だった。ボタンはシャツの上までしっかりと留め、スカートは膝丈、という最近はあまり見かけない「典型的」な学生だった。彼女は、周りの人達が皆、首を曲げてスマホに見入る中、いつも音楽を聴きながら、背筋をまっすぐに伸ばしていた。彼女が怠惰な私となぜ同じ電車にのっているのか、ずっと不思議だった。話かけたい気持ちはあったが、臆病な性格が災いしてか、彼女の名前も学校も、聴いている音楽も、私は何も知ることはできなかった。私は、謎めいた彼女は、本当は人間にそっくりな人形であったとしても、おかしくはないなと感じていた。随分失礼な話だ。でも、本当にそう思っていた。

大学生になると、彼女を見かけることはなくなった。しかし、昨年の夏のことである。いつもと同じ電車に乗ると、窓辺に見覚えのある姿があった。印象的な目をしていたからすぐに分かった。少し背は伸びたのだろうか。数年ぶりに見かける彼女だった。心臓が止まるかのような驚きと同時に、胸の中にうごめく違和感を覚えた。その違和感は、頭上を大きな飛行機が横切り、街ゆく人が一斉に空を仰ぎ見た時に覚える不思議な感覚に少し似ていた。ああ、この人たちも私と同じなんだなあというしみじみとした気持ちである。

その違和感の正体に気が付いたのは、彼女が電車を降りた後だった。それは、彼女がマスクを着けているということだった。夏なのにマスクを着けている、ということではない。コロナ禍では、それはごく自然なことだ。そうではなく、彼女が私と同じようにマスクを着けているということだった。

同じ電車内にいても、彼女はずっと私と分断された世界にただただ存在するだけだった。彼女は私にとって、心を持った「人」ではなくヒト型のなにかだった。しかし、彼女もマスクを着けているという事実は、私と彼女の繋がりを初めて生み出した。彼女も私と全く同じ、コロナ禍で考え、生きる人間なのだなあとやっと思えたのだ。

「水槽の脳」は、反証することができない思考実験だと言われている。でも私が彼女を見かけた時に感じた不思議な感覚は、それを打ち負かしたように思えた。

******************

 学生の皆さんが書いてくださったエッセイの入賞作品は、順次ダ・ヴィンチWebで公開していきます。ぜひご注目ください。

FLASPOとは、学生のクリエイティブなアイデアを募るコンテストプラットフォームです。企業・自治体が学生向けのオンラインコンテストを開催し、学生が解決アイデアを考えることで、アイデア収集・PR・採用など幅広い活用が可能です。
HP :https://flaspo.jp/

あわせて読みたい