「倍速試聴」の現状とは。コンテンツを享受する前に、知っておきたいこと

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公開日:2022/6/23

映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形
映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(稲田豊史/光文社)

 時代の流れを受け入れるべきか否か…。おっさんになってくると、日常のあらゆる場面でそう感じる瞬間がある。昨今、議論される「倍速視聴」の是非もそのひとつ。本稿を担当する筆者は38歳で、シネコンが登場する以前から映画館へ足を運んだ経験もある。記憶に残る自分にとっての“古きよき時代”を思うと、否定したい気持ちも込み上げてくるが、果たしてその考えが “正しいのかどうか”とも思えてしまう。

 そんな疑問から手に取った書籍が『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(稲田豊史/光文社)だった。

早送りで作品を鑑賞する人の声「状況が変わりそうなシーンで通常速度に戻す」

 稲田豊史氏はかつて、キネマ旬報社のDVD業界誌で編集長を務めた経験を持つライター・コラムニスト・編集者である。映画業界、映像業界の変遷を知る当事者として「なぜ映画や映像を早送り再生しながら観る人がいるのか――。なんのために? それで作品を味わったといえるのか?」と疑問を抱いた著者は、綿密な取材をもとにコンテンツが大量に消費される現代を俯瞰する。

 NetflixやHulu、Amazon Prime Videoなど、定額制動画配信サービスが浸透した今、たしかに「倍速視聴」で映像コンテンツを楽しむ人たちはいる。本書では「マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティング」が2021年3月に公表した「動画の倍速視聴に関する調査」の結果を引用している。

20~69歳の男女で倍速視聴の経験がある人は34.4%、内訳は20代男性が最も多く54.5%、20代女性は43.6%、次いで30代男性が35.5%、30代女性が32.7%だ。男女を合算すれば、20代全体の49.1%が倍速視聴経験者だという。

 本書では、著者が調べた「倍速視聴習慣」を持つ人たちの声も多く収録している。例えば、日頃から定額制動画配信サービスを活用する女子大生のAさんは「最初からずっと早送りで、何か状況が変わりそうなシーンで通常速度に戻す」と証言した。「最初と最後がわかればいい。最後ハッピーエンドで終わったので、あ、オッケーかなって」と視聴時を振り返る彼女に、著者が「楽しめたか」と聞いたところ「おもしろかった」と答えが返ってきたという。

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「倍速視聴」は作品の「改変行為」なのか…。今、求められる背景

 映像コンテンツの「倍速視聴」に対しては、批判的な意見も飛び交う。なかには、「作品は作者が発表した通りの形、『オリジナルの状態』で鑑賞すべき」だという声もある。ただ、著者は「そもそも我々は多くの場合において、作品を厳密な意味での『オリジナルの状態』では鑑賞していない」と持論を展開する。

 例えば、他国の言語が飛び交う作品の字幕版や吹き替え版は「オリジナル」と言えるのか。この疑問に対して「字幕や吹き替えは『思い通りの状態で観るための改変行為』ではないのか」と問いかける著者は、「オリジナルからの改変行為」自体は、ビジネスチャンスを狙った「作品の供給側(映画製作会社など)が率先して行ってきたことを忘れてはならない」と訴える。

 そして、現代では、定額制動画配信サービスを手がける企業が「倍速視聴」はもちろん、動画を効率よく観てもらうために「10秒飛ばし機能」なども実装している。理由はシンプルで「相応の数の顧客がそれを求めているから」だ。

「倍速視聴」を利用する背景には「時短」「効率化」「便利の追求」といった要因があると分析する著者は、今、議論されている新たな視聴方法に対して「『作品鑑賞のいちバリエーション』と認めなければならないのではないか」と投げかける。

 さて、本書は“単なる映像コンテンツ論の本”ではない。無尽蔵のコンテンツが大量に消費される現代で何が起きているのかを深く知れる、骨太なルポルタージュだ。映像コンテンツを愛するすべての人たちの心に、きっと刺さる一冊である。

文=カネコシュウヘイ

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