「彼に鑑定できない証拠物なら他の誰にも鑑定できない」――科捜研の元エース“最後の鑑定人”のサイエンス×ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/29

最後の鑑定人
最後の鑑定人』(岩井圭也/KADOKAWA)

 テレビドラマの影響で警察組織の中でも抜群の認知度をほこる「科捜研」(科学捜査研究所。科学捜査の研究および鑑定を行う警察内組織)。注目の新鋭作家・岩井圭也さんの新作『最後の鑑定人』(KADOKAWA)は、その科捜研の元エースという男が主人公だ。

 男の名は土門誠。「彼に鑑定できない証拠物なら他の誰にも鑑定できない」と「最後の鑑定人」と呼ばれていたが、ある事件をきっかけに科捜研を辞め、今は自ら立ち上げた民間の鑑定所の所長をつとめている。へんぴな場所にある殺風景な鑑定所のように見えて、実はそこには“訳あり”な件の依頼が次々に舞い込んでくるが――余計な話は一切しないし冗談も通じないという土門の極端な性格にやきもきしつつ、サイエンス×ミステリーの面白さに没入できる4つの短編からなる連作集だ。

 第1話「遺された痕」は、工事現場で発見された女性の遺体から検出されたDNAから元恋人の男が容疑者として逮捕されたものの、男は容疑を否認し、その弁護人と実父が土門をたずねてくることになった話。当初の依頼内容だった画像解析にあっという間に答えた土門が科捜研のDNA鑑定結果を要求すると、不可解な事実が判明する。実は2種類ある鑑定書は、一方は容疑者が犯人であることを示し、もう一方はそうではないことを示していたのだ…。

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 続く第2話「愚者の炎」は、技能実習生として縫製工場で働くベトナム人が寮を放火した疑いで逮捕され、真実の解明を求めて裁判官自らが土門に依頼した話。現場の炭化深度などを丹念に測定した土門は、警察も探り得なかった事件の核を見つけ出す。

「科学は嘘をつかない。嘘をつくのは、いつだって人間です」という土門は、データを読み直し、あるいは丹念な追加調査をし、一度は科捜研が下した判断を覆して本当の「真実」を突き止めていく。科学捜査が進むにつれ次々に予想もしない事件の真相が明らかになる展開は、ミステリーとしての読み応え十分。さらには真犯人が語る「人間の愚かさ」にもグッときて、短編とは思えない奥行きがある。すでに土門をはじめ女性の助手・高倉などのキャラクターも立っていて、早くも「土門事件簿」の次を期待してしまう!

 ちなみに上記2編は月刊誌『小説 野性時代』(KADOKAWA)で発表されたものだが、さらに2編は書き下ろしという意欲作。著者も「相当に気合いをいれた」とツイートしており、なんと勢い余ってもう1本新作短編を書いてしまったらしい。その作品「見えない引き金」は本編未収録だが、本の購入者は特設サイトで読むことができるとのこと。詳しくは本のオビを確認してほしい(電子版には購入特典として巻末に収録される)。

 著者の岩井圭也さんは、2018年に「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し作家デビュー。作家としては4年目の新鋭だがデビュー作に続き『夏の陰』『文身』『プリズン・ドクター』『水よ踊れ』など、次々に社会派エンタメ作品を発表し、現在出版業界から「この人はくる!」と大いに注目を集めている存在だ。

 2022年にはすでに『竜血の山』、『生者のポエトリー』を上梓しており、この『最後の鑑定人』は早くも3冊目。作品を重ねるごとに新たな魅力で楽しませてくれる著者だが、本作はこれまで以上にエンタメ感がみなぎっているのにも注目だ。

『本の雑誌』のエンターテインメント・ベスト10にも過去3作品がランクインしているし、大ブレイクの日も近い(!?)。「まずはどの作品から?」と迷うなら、最新作である本作から手に取るのもアリだろう。

文=荒井理恵

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