「自分の感情がコントロールできない」――そう思ったら読みたい! 著者が取材を重ね生まれた、精神科の患者と医療者の物語『こころのナース夜野さん』

マンガ

公開日:2022/7/30

こころのナース夜野さん5
こころのナース夜野さん5』(水谷緑/小学館)

「自分の感情がコントロールできない」――そう思ったら読みたい! 著者が取材を重ね生まれた、精神科の患者と医療者の物語『こころのナース夜野さん5』。

 こころの病は、誰でも患う可能性のあるものとして以前より認識されるようになったのではないだろうか。患者数は国内で約420万人にのぼり(平成29年)、これは日本人のおよそ30人に1人の割合だという(※)。数年前と比較すると、精神科に通うことが特別なことだととらえる人は少なくなったように思う。

 一方で、精神科医療の現場で、どのような人が何に苦しみ、医療者がどのような治療を行っているのかは、未だ知られていない。

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 ビッグコミックスピリッツで連載中の『こころのナース夜野さん』(水谷緑/小学館)は、作者である水谷緑さんが実際に医療者にインタビューし、当事者会や訪問看護に同行するなど、綿密な取材を重ねつつ、水谷さん自らが感じたことを的確に言語化してできあがった漫画だ。そのため、フィクションでありながら登場人物の痛みは繊細に描写され、紡がれるエピソードはどれもリアルである。

 最新刊の5巻では、恋人に依存してしまう女性や10年前に亡くした息子の死を今も受け入れられない母親、周囲への怒りを鎮められない人など、自らの感情のコントロールが難しい人たちに焦点があてられる。

 恋人に依存する女性は、「求めて、与えられる」を繰り返して養育者との信頼関係を培う赤ちゃんのころ、それができなかったことが現在も尾をひき、人を信じることができない。一方で他者に期待をし過ぎて依存する側面もある。実際に私が小児科医に聞いたところ、精神医療における「愛着障害」の考え方のひとつとして、赤ちゃんのころの寂しさが原因だと考える専門家もいるそうだ。

 また、5巻では、医療者以外からはこころの病気と気づかれにくい人たちも登場する。突然死した人の遺族のうち、10%ほどは苦しみが長引き、生活に支障をきたすと本作では述べられている。これは「複雑性悲嘆」と呼ばれ、うつ病より自殺率が高いそうだ。

 また、路上生活を送る人のこころを描写したエピソードでは、彼らを支援し医療につなぐ活動をしている精神科医が、生まれ育った環境はそれぞれ違い、努力したくてもできない人がいると主人公のナース夜野さんに話す。

“努力したら報われる”と思えるのは、努力を支えてくれる環境に偶然生まれたからです。
自分だけの力じゃない。
“起承転結”の“起”は結べない

 これは「努力すればできる」と教えられて育った多くの現代人の盲点かもしれない。

 最後のふたつのエピソードでは、人間の持つ自然な感情のひとつ「怒り」がテーマだ。それぞれの話で2人の登場人物にスポットがあてられる。そのうちのひとりは、母親の介護を頑張りながらもその母から放たれた心ない一言や、無責任な兄姉への怒りや失望を抑えようとしたあげく、それが自殺願望につながってしまった男性である。もうひとりは男女で扱いが異なる家庭で育ち、大人になった今は社会的な評価を受け、子育てをしながら働く女性で、彼女は、仕事やプライベートで怒りを感じることが多い。医師はないがしろにされた記憶が人を打ち負かしたくなる現在の彼女に繋がっているのではと分析する。

 周囲から見れば、どれもこころの病だと気づきにくいだろう。本作を読み進めるうちに、周囲の人に違和感を抱いた時、関わらないようにするのではなくその人の生育歴や抱えている苦しみに目を向けると、自分の見える世界も変わってくるという事実に突き当たる。

 5巻で特筆したいのは、精神科の医療者であるナースの夜野さんが、少しずつストレスを抱え始めていることだ。愛着障害の患者に寄り添いつつ、彼女が依存しないように適切な距離をおくと「偽善者」と罵られ、職場(精神科病棟)では周囲の前向きな変化を感じ、おいてきぼりにされたような気持ちになる。

 精神科のナースとして経験を積んだ夜野さんは、患者たちが似た悩みを抱えていると思うようになる。

そもそも「生きづらい」ってなんだろう。みんな何かしらあるでしょ…

 精神科病棟での医療者の辛さは、今まで漫画や映画などの創作物で描かれたことが少ない題材なのではないだろうか。

 夜野さんはこころの病棟で働く医療者すべてを体現した存在だとも言える。次巻では彼女が自らのこころとどのように向き合っていくのかが描写されるという。

『こころのナース夜野さん』を読み進めると、「もしかして自分や身近にいる人はこの状態なのではないか」と感じることもあるだろう。

 多くの人が本作を読み、癒され、精神疾患について理解を深める機会を得てほしいと切に願う。

文=若林理央

※参考
内閣府 令和2年版 障害者白書 「参考資料 障害者の状況」
厚生労働省「知ることから始めよう みんなのメンタルヘルス」https://www.mhlw.go.jp/kokoro/first/first01.html

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