「包丁を出せ」と要求する認知症男性の真意は? 特別養護老人ホームの施設長が明かす実例から学ぶ「認知症の実態」

暮らし

更新日:2022/10/24

施設長たいへんです、すぐ来てください!
施設長たいへんです、すぐ来てください!』(柴谷匡哉/飛鳥新社)

 認知症という病は、別人ではないかと感じさせるほど、当事者を豹変させることがある。そのため、家族はどのようにサポートしていけばいいのか戸惑ってしまう。

 筆者も、今は亡き祖母が認知症を患った時、向き合い方に悩んだ。家族の名前を忘れ、「私は36歳」と自信満々に言い、タンスの中に大量の洋服があるのに「服が全然ない」と訴えていた祖母。あの時、自分はどう接するのが正解だったのだろうかと、死から3年経った今も考えることがある。

 そんな経験をした筆者にとって、『施設長たいへんです、すぐ来てください!』(柴谷匡哉/飛鳥新社)は、もっと早く出会いたかったと思える1冊だった。

advertisement

 著者は、長寿日本一の巽フサさん(115歳)が入居している特別養護老人ホームの施設長。これまでに約5000人もの認知症の入居者・利用者と接してきた著者は、ケアハウス、グループホームなども運営。2016年からは、認知症の予防をテーマに講演会も実施している。

 本書は介護と認知症を知り尽くした著者が医師監修のもと完成させた、認知症の対処本。認知症の入居者との、泣いて笑って驚かされたエピソードから、身近な人が認知症になった時の対処法が学べるようになっている点が、類似書との違いだ。

施設内で珍事件が多発! その犯人は「認知症」だった…

 手作りのおせち料理が消えたり、真夜中に宿直室の扉を叩く音が聞こえたりと、著者が運営する施設では珍事件が多発。こうした事件の犯人は、「認知症」。著者が紹介するエピソードの中には、それも認知症の症状なのか…と驚かされるものが多くある。

 そのひとつが、「部屋に知らない人が入ってくる」と訴えた田中恵子さん(84歳/仮名)の事例。著者が運営するケアハウスに入居していた田中さんは日中、他の入居者と会話し、食事や入浴もできていた。

 だが、入居2週間目、「深夜2時頃になると、知らない女性が部屋に入ってきて怖い」と訴えはじめる。当然、ケアハウスは外部から人が侵入できないようになっていたが、宿直は、さらに目を光らせて巡回。田中さんには知らない人が部屋に入ってきたら、ナースコールを鳴らすように伝えた。

 それから、しばらく経ったある日。ついにナースコールが。急いで部屋に向かうと、そこには怯えた様子で「この人」と鏡を指さす田中さんの姿が。なんと、田中さんは部屋でひとりになると認知症の症状が現れ、鏡に映る自分を侵入者だと思っていたのだ。

 そこで、著者は鏡に大きな布を被せることに。これにより、田中さんが真夜中の訪問者に悩まされることはなくなったという。

 田中さんのようなケースは「鏡現象」または「鏡像反応」といい、アルツハイマー型認知症の中等度から重度の高齢者に特有の現象で、鏡を認識できないものと考えられている。

 著者のように鏡に布をかけたり、向きを変えたりして、自身の姿が映らないようにすると、現象は生じなくなり、不安や恐怖心、焦燥も緩和されるそうだ。

 鏡に映る自分を認識できない家族の姿を目にすると、サポートする側は戸惑ってしまうもの。だが、これも認知症のひとつだと理解し、受け止めることが問題解決への第一歩となるのだ。

「包丁を出せ」と要求する認知症男性の真意とは?

 施設内では時として、現場がピリつく事件も。例えば、レビー小体型認知症を患い、グループホームに入居していた西田雄一さん(81歳/仮名)のエピソードだ。

 西田さんは日によって、せん妄の症状が現れ、見当識障害が著しくなり、人が変わったような行動が見られることもあったため、内服薬の調整とスタッフの対応によって危険な行動が起きないようにしていたという。

 そんなある日。いきなり、キッチンに入ってきた西田さんは「包丁を出せ!」と要求。日頃から、長女に捨てられ施設に入れられたと思い込み、鬱傾向もあったため、スタッフは自殺を図るのでは…と警戒。なんとか思いとどまってもらおうと、行動を見守りながら、命を大事にしてほしいと説得したところ、なんとか落ち着きを取り戻してくれた。

 ところが、翌日も西田さんはキッチンへ。スタッフは身構えたが、「魚をさばいてやるから、包丁を出して!」という西田さんの言葉から、彼の真意を知り、安堵した。

 どうやら、西田さんにはキッチンに大きな魚が置いてあるように見えており、趣味の釣りで鍛えた包丁さばきで魚をさばいて、スタッフに食べさせたかったようだ。

 こうしたエピソードに触れると、認知症の方の真意を知ることの難しさと大切さをひしひしと感じる。そして、同時に、当事者の苦しみを減らせる対策を取っていきたいと強く思わされもするだろう。

 なお、著者は本書でさまざまな研究結果を交えつつ、認知症の予防が期待できる生活習慣も詳しく紹介しているので、そちらも要チェックだ。

 現在、日本では65歳以上の6人に1人が認知症であるといわれており、この病気は多くの人にとって避けては通れないものとなっている。そんな時代であるからこそ、著者の体験談を通して認知症への理解を深めていきたい。

文=古川諭香

あわせて読みたい