竜を御する王族と竜を葬る騎士、2つの種が治める王国で、混成種として生まれた少女が、歴史の闇を知ったとき…。重厚ファンタジー小説!

文芸・カルチャー

更新日:2022/11/21

竜愛づる騎士の誓約(上・下)
竜愛づる騎士の誓約(上・下)』(喜咲冬子/集英社オレンジ文庫)

 富士見L文庫や集英社オレンジ文庫などで活躍する喜咲冬子氏は、激動の運命に生きる女性を主人公にした、ドラマチックなファンタジーに定評のある作家だ。上下巻で発売された最新作の『竜愛づる騎士の誓約(上・下)』(集英社オレンジ文庫)は、竜と魔法というファンタジーの王道モチーフを用いながら、喜咲氏らしいテイストを盛り込んだ物語に仕上がっている。

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 ルトゥエル王国では、成り立ちの異なる2つの種が、支配階級として500年にわたり君臨する。スィレン種は魔力によって魔術を操る一族で、中でも王族は竜を御する特別な力を持っている。もう1つのギヨム種は強靭な肉体に恵まれ、竜を葬る騎士の役割を担っていた。周辺諸国が国内に巣食う悪竜の脅威に怯える中、ルトゥエル王国だけが竜に対抗しうる力を持ち、長く繁栄を続けてきたのである。

 スィレン・ギヨム種という混成種のセシリアは、竜に魅せられ、聖騎士として戦うことを夢みる17歳。ギヨム種に生まれた幼馴染で婚約者のアルヴィンは聖騎士になるも、彼女は血統上の理由から扉を閉ざされ、大きな挫折を味わった。そこでセシリアは、スィレン種の血で勝負しようと、魔道士として竜と戦うことを目指していく。ある時、視察に訪れていたルトゥエル王国の王女マルギットの前で御覧試合に挑んだところ、彼女の目に留まり衛士に任じられた。これをきっかけにセシリアの運命は大きく動き出す。

 この国では混成種の地位は低く、十分な教育や仕事の機会は得られない。なり損ないの騎士、偽物の魔道士と蔑まされるセシリアは、スィレン・ギヨム種が立派な社会の一翼として認められるため、自身がその旗手となって先へ進もうと決意する。そんな大望を抱くセシリアにとって、マルギット王女との出会いは絶好の転機となるはずだった。ところが、美しい王宮では王族たちの思惑と妄執が絡み合い、セシリアはルトゥエル王国の後継者争いに巻き込まれる。そしてその渦中で、竜と聖騎士をめぐる真実や、秘せられた歴史の闇を知ることになるのだった――。

『竜愛づる騎士の誓約』でひときわ印象に残るのが、それぞれの思惑を胸にしたたかに生きる女性たちの姿だ。魔道士団を作って混成種の未来を切り開こうと奮闘するセシリアや、女王への野心を秘めたマルギット王女、マルギットの母親で慈善事業に尽力した誉れ高い故ドロテア女王、現王妃でドロテアやマルギットの暗殺を企てたと囁かれるヒルダ妃……。徹底的に人を利用する者や、思いがけない人と人の繋がりなど、人間関係は二転三転して最後までスリリングな様相を見せていく。

 セシリアの婚約者であるアルヴィンは、聖騎士として絶大な力を手に入れる代償として、逃れられない宿命を背負った。アルヴィンはセシリアを一途に愛してはいるものの、彼が抱えている秘密のため、一歩引いた態度を続けている。もどかしさが残る2人の関係が、戦いを通じて変化していく様も、本作の大きな読みどころだ。

 セシリアの心の中では、何者でもないままでは終われないという想いが渦巻いている。竜に魅せられた少女の成長と戦いを描く、重厚かつ壮大なファンタジー小説である。

文=嵯峨景子

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