双子の皇帝に嫁いだ“双子の姫”の運命は――「私の琴線をかき鳴らしまくり」カズレーザーが絶賛した壮大な中華王朝婚姻劇

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/7

双蛇に嫁す 濫国後宮華燭抄
双蛇に嫁す 濫国後宮華燭抄』(氏家仮名子/集英社オレンジ文庫)

 白洲梓氏、ゆきた志旗氏ら数々の人気作家を輩出してきたエンターテインメント文学賞〈ノベル大賞〉。2022年度の同賞で、ゲスト審査員のカズレーザー氏が「グンバツに面白かった」「一文一文が私の琴線をかき鳴らしまくり」と絶賛。みごと〈カズレーザー賞〉を受賞したのが『双蛇に嫁す 濫国後宮華燭抄』(氏家仮名子/集英社オレンジ文庫)だ。

 男装した若い女が、広大な草原を馬で駆けてゆくオープニング。女は片手で手綱を操り、もう片方の腕には赤ん坊を抱いている。なぜ男の扮装をしているのか。何者かに追われているのか。映画のワンシーンのようなこの冒頭からすでに、読む者の心を掴んでくる。そして場面は一転して本編がはじまる。

 草原の民アルタナの氏族長の娘、シリンとナフィーサ。同日同刻に生まれた腹違いの姉妹である彼女たちは、南方の大国・濫にそろって輿入れをする。濫では双子が尊いものとして信仰されており、現皇帝も双子だった。双子の娘を妃に所望しているという彼らに、シリンとナフィーサは父の命令で、「本物の双子」という名目で差し出される。その目的は、大山脈の向こうから草原を虎視眈々と狙う大国・干陀羅(かんだら)に対抗するため、同じく大国である濫と縁を結ぶことで得られるアルタナの平和だ。

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 心やさしくたおやかな姉姫ナフィーサは兄帝・燕嵐(えんらん)に、弓と騎馬が得意で快活な妹シリンは、弟帝・暁慶(ぎょうけい)の後宮に入れられる。しかし初夜の寝所にやってきた暁慶は「お前を抱くつもりはない」とシリンに告げる。

 夫が新妻にかける言葉として、これほど残酷なものはない。これほど妻を侮辱する言葉も。自分は好かれていないのだろうか。異民族の娘だから? ならばなぜ私たちを娶ったのか――。暁慶に対するシリンの混乱と反発は、そのまま興味へとつながる。どうやら彼は自分だけでなく他の妃たちにも指一本ふれていないらしい。腹心の宦官・狼燦(ろうさん)との関係を訝しむ者もいるけれど……と思いを巡らせていくうちに、暁慶のことをもっと知りたいと思っている自分に気がつく。

 同様に暁慶も、けっしてふれることはないけれど、自分とどこか似ているシリンに心を許すようになる。

「我らは双子の余り者同士というわけだな」

 暁慶のこの台詞は、彼らがどういう存在なのかを端的にあらわしている。出来のいい兄と比較されて生きてきた彼は、やるせなさを覚えつつも兄を尊敬している。シリンもまた美しくしとやかなナフィーサと比べられることが多かった。余り者同士ゆえの共感か、それとも傷の舐めあいか。いずれにせよ2人の心は近づいていくが、国をゆるがす惨劇が待ちかまえている。

 前半は胸きゅん要素もりもりの後宮物語が、後半は凄絶な陰謀劇が展開される。後宮内の生活模様が細かく描かれる一方、アクションシーンは躍動感に充ちていて、様々な要素が楽しめるエンターテイメント快作だ。

 シリンとナフィーサの強く深い絆、さまざまに個性的な人物造形、丁寧に作り込まれた世界観(纏足と宦官制のくだりは特に印象に残る。こうしたディテールの積み重ねが作品世界を支えている)。新人離れした巧みさと、書きたいことを思いっきり詰め込んだみずみずしさが両方あって、物語を読む陶酔を存分に味わわせてくれる一冊だ。田村由美氏による表紙がまた、美麗かつダイナミック。本書の魅力をあますところなく伝えてくる。

文=皆川ちか

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