ほぼ脚色なし!時代を彩った美しい少女漫画が誕生した場所は戦場だった……元漫画アシの実録漫画スタート

マンガ

更新日:2023/2/28

酒井美羽の少女まんが戦記
酒井美羽の少女まんが戦記』(酒井美羽/秋田書店)

 時は1970年代、高度成長期の日本。少女漫画家を目指すひとりの少女が高校を卒業してデザイン学校に通っていた。高校生時代に漫画家デビューできなかったという失望を胸に。

 この少女が『酒井美羽の少女まんが戦記』(酒井美羽/秋田書店)の作者・酒井氏である。

 当時は高校生でデビューする漫画家も珍しくなく、少女漫画界では10代でデビューして20代前半までに引退する人も多かった。「高校生デビュー」は当時の少女漫画家として珍しいことではなく、二十歳を前にした酒井の失望は同世代の漫画家志望者の多くが感じていたものだっただろう。

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 漫画家になりたくて入ったデザイン学校で学んだのはアニメ制作で「予想と違う」と思うが、卒業後、ついに漫画家のアシスタントをすることになる。

 さて、ここで少し触れたいのが2020年に刊行された『薔薇はシュラバで生まれる―70年代少女漫画アシスタント奮闘記―』(笹生那実/イースト・プレス)と『松苗あけみの少女まんが道』(松苗あけみ/ぶんか社)である。

 今まで男性向け漫画の“シュラバ”やアシスタントの苦悩はよく描かれてきたが、女性向け漫画はなかなかなかった。この2冊が出たことは非常に画期的な出来事であり、本作を読む前に一読しておくと、当時の少女漫画界で生きる女性たちの“シュラバ”は、男性と同じように激しかったことがわかる。

 本作が上記の2冊と異なるのは連載作であるということ、漫画家の妊娠・出産といったライフイベントも描かれていること、そして酒井自身のアシスタント時代の失敗談も赤裸々に明かしていることである。

 そして過酷な漫画制作現場でのシュラバは、上記2冊と同様に多くのページを割いて描写されている。

 既に『ガラスの仮面』がヒットしていた美内すずえの締め切り前のエピソードを例に挙げたい。

 酒井が美内のアシスタントになったとき、仕事場にはたくさんのアシスタントと「あと30分しか待てないですよっっ」とイライラしている編集者たちがいた。夜を徹しての作業が進む中、タイトなスケジュールと名作『ガラスの仮面』の原稿に手を加えるという緊張で酒井の手が止まってしまう。そんな酒井の原稿を隣から取り、「風のような速さ」で描き上げたのは美内本人だった。

 また、美内の妥協を許さないプロ根性も描写される。物語の筋が「違うな」と思ったら描き直し、美内は自らをさらなる“シュラバ”に追い込むのだ。ようやく編集者に原稿を提出してシュラバが終わったあと、美内は笑顔で「まんが描くのって本当に楽しい」と話す。

 それを見たアシスタントたちは心の中でつぶやく。

美内すずえ……!
恐ろしい子……

「恐ろしい子」とは『ガラスの仮面』で主人公の北島マヤが天性の才能を発揮したり過酷な訓練に自ら挑んだりするたびに周囲がつぶやく言葉である。

 美内すずえは、少女漫画界の北島マヤだったのだろう。マヤの苦悩、努力、どんな目に遭っても「演技が好き」という初心を忘れない姿と美内の漫画制作をする姿が重なって見える。

 美内すずえのほかにも、山田ミネコ、樹村みのり、木原敏江といった大御所漫画家が登場して、彼女たちの知られざる個性や漫画制作のこだわりが明らかになる。

 1巻で私がもっとも面白いと思ったのは、アシスタントをしながら漫画家を目指していた酒井が締め切り前の焦りから樹村みのりに自分の投稿漫画のアシスタントをしてもらうエピソードだ。

 あとがきで酒井はこのときのことを、自らの「やらかしベスト3」1位にランクインさせている。人気漫画家とデビュー前の漫画家のやりとりも興味深いので、実際にページをめくって楽しんでほしい。

 本作はまだ「1巻」だ。2巻ではどのような漫画家が登場し、どのようなアシスタント時代のエピソードが描かれるのだろうか。今から待ち遠しい。

文=若林理央

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