猫の瞳のなかで君と出会った――過去視の主人公と未来視のヒロインが、運命に抗う青春ボーイミーツガール

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/10

ミリは猫の瞳のなかに住んでいる
ミリは猫の瞳のなかに住んでいる』(四季大雅/電撃文庫/KADOKAWA)

 未来を知りたいというのは、人類の永遠の願いだ。古来より占いやおみくじ、近年では経済予測や気象予報、さまざまな手段で私たちは未来を知ろうとしてきた。未来とは不確かなものであるから人々は不安を抱く。しかし未来の全てを知ってしまったら、どうなってしまうのだろう。未来はわからないからこそ希望を抱けるということもある。第29回電撃小説大賞《金賞》受賞作『ミリは猫の瞳のなかに住んでいる』(四季大雅/電撃文庫/KADOKAWA)は、そんな定められた運命に抗う青春ボーイミーツガールだ。

 主人公の大学生・紙透窈一は、生き物の瞳を通して過去の出来事を追体験する能力を持っていた。新型コロナの自粛生活の最中、アパートの隣室の女子大生が何者かに殺される事件に遭遇する。たまたま現場にいた野良猫の瞳を覗いた窈一は、過去の世界から自分へ話しかける未来視の能力を持つ少女・柚葉美里(ミリ)と出会う。過去を読み取る窈一と、未来を読み解くミリ、猫の瞳で繋がったふたりは、未来に起こる連続殺人を食い止めるため、犯人捜しを始める。

 過去視と未来視のふたりの異能力者が、猫の瞳を介し協力して連続殺人事件の真相を解くというSF要素が持ち味のミステリーになっている。

advertisement

「事件の手がかりになる」というミリの助言で大学の演劇部に入部した窈一は、部長から新入部員まで騒がしくも情熱に溢れた個性的なメンバーに迎えられる。演劇は素人の窈一だったが、演技の特訓に打ち込んだり、美人な先輩に言い寄られたり、はからずも大学生らしいキャンパスライフを満喫していく。だが演劇の魅力にも目覚めはじめた矢先、第二の殺人事件が起こってしまう。

 事件の手がかりを求めて誰かの瞳を覗きこむ、そこにあるのは家族や友人との楽しい思い出だ。残された者に少しでも慰めになればと、被害者が遺した最後の想いを代弁し、「死者からの手紙」として遺族に届ける窈一の優しさが胸を打つ。

 過去視と未来視によって時間を飛び越えて、さまざまな人物の視点で描かれる精緻な心象風景に引き込まれる。

 毎日、自分の部屋で猫の瞳を覗きこみ、ミリと時空を越えた会話を繰り返す。事件以外にも文学のこと、演劇のこと、ときには一緒に映画を観る。ミステリアスで大人びた彼女と話すうちに窈一のなかにミリに会いたいという想いが募っていく。しかし、ミリにはある大きな秘密があり、ふたりを隔てる壁が窈一を阻む。殺人事件の犯人探しと同時にその謎に挑戦することになる。

 果たして犯人は誰なのか、ミリが抱える秘密とはいったい。その結末には、驚愕の展開が待ち受けている。読者までも騙す、作者の練り上げたストーリーの秀逸さに度肝を抜くことだろう。

 作中、ミリが窈一へ投げかけた言葉を引用したい。

「大事なのは未来や過去に囚われて、今を見失わないこと」

 この作品はこの一言に集約されていると思う。

 私たちは誰しも未来に不安を抱いたり、過去の思い出にすがったりして、今すべきことをないがしろにしがちだ。けれど未来を作るのは今であり、過去を無駄にしないためにも今を堅実に生きることが大切なのだ。今というこの時の大切さ、一緒にいる大切な人への感謝を改めて実感させてくれる。

文=愛咲優詩