アニメ化で話題『地獄楽』の描く「生き様の美学」。あえて生きづらい苦悩の道を選んだ者たち

マンガ

公開日:2023/4/18

地獄楽
地獄楽』(賀来ゆうじ/集英社)

 2021年1月の連載終了と同時に公となった情報解禁からおよそ丸2年。賀来ゆうじ氏による『地獄楽』(集英社)が2023年4月からのアニメ化に際し、再びにわかに注目を集めている。

 元々本作はウェブコミック配信サイト「ジャンプ+」で2018~2021年の約3年間にわたり連載されており、当時も同メディアにおいて一時期は最多総閲覧数を獲得。看板作品として、ブーム前夜の「ジャンプ+」の人気を支えた作品のひとつでもある。

 今回の映像化において本作のファンが何よりも心待ちにしているのは、おそらくアニメならではの色彩で鮮烈かつ強烈に彩られるであろう“極彩色の地獄”・神仙郷の美しさと恐ろしさだ。映像制作はこれまでにも『進撃の巨人』『呪術廻戦』『チェンソーマン』など数々の注目作品を手掛け、そのハイクオリティな作画に定評を持つMAPPAが担当。先行解禁された予告映像でもその力量は如実に発揮されており、同時期に放送の始まるアニメ作品の中でも、本作の存在感はすでに一際異彩を放っている。

advertisement

 しかし、当然ながらその美しくもグロテスクな舞台設定だけが本作の妙ではない(何よりも、マンガというモノクロの紙面でその魅力を伝えるにはあまりにも限界がありすぎる)。まばゆい鮮彩に眼が眩みそうになるが、物語の本質が描くのはこれまでの数々の名作に於いて、ともすれば弱者ともされてきた“迷う人間”の強さである。迷いを断つ大きな決意を”人の強さ”として描くのではなく、迷いを抱えながら生きることを“人の強さ”として描いた点こそが、ここまで大勢の読者を惹きつけてやまない本作の魅力でもあるのだ。

真の強さを教えてくれた人のために…生を選ぶ“がらんどう”の忍び

 本作の主人公である抜け忍・画眉丸は、血も涙もない残忍さと冷酷さ故に”がらんどう”の名を冠する死罪人。彼の首を落とす任を託された打ち首執行人・山田浅ェ門佐切は、処刑人一族の当主の娘にして、段位を冠する刀剣の達人の一人でもあった。

「それは弱さじゃない 強さの種よ
何も感じないなんて ただ目を逸らしているのと一緒…
自分の情から逃げない事が強さだと思う」(『地獄楽』1巻より引用)

 その名の通り自他問わず命を命と思わない忍びらしい思考を持つ一方で、画眉丸の心からは残してきた妻・結に教えられた人として生きる価値観が拭い去れないでいた。「早く殺してくれ」という言葉に相反するように度々の拷問から生き延びたのも、忍びの超人的な身体能力に加え、何よりも自身の「生きたい」という思いからでは、と佐切は彼を諭す。

 数多の命を奪い忍びとして残忍に生きる道と、人の命を奪うことを是としないまっとうな人間としての道。相反する道にも見える中、悩み苦しんだ彼の取った選択は、結果としてふたつの価値観を折衷するものとなる。

 出来る範囲で殺しを行わない。同時に、殺さざるを得なかった命についてはその重さを背負う覚悟を貫く。そうして彼は自らを想ってくれる妻のもとに帰ることを第一に、生きるための道を模索し始めることとなる。

価値観の狭間で揺れ続けることを強い生き方として

「男だ女だ 強さだ弱さだと二つに分けず
相反するものもそのまま自分と受け入れる
まさに”中道” …それがお主の信念なのか」(『地獄楽』2巻より引用)

 同時に境遇は違えど、佐切もまた一見相反するふたつの価値観の狭間で苦しめられる存在である。市井には人斬りの娘と虐げられ、同門には女の分際で刀を振るうことを嘲笑される。さらにその中で斬り殺してきた命の重さに押し潰されそうになる彼女に、殺した命を背負う覚悟という気付きを与えたのが、生きることを選んだ画眉丸の姿だった。

 女であることも、処刑人の一族に生まれたことも変えられぬ業。であればそこから目を逸らさず向き合い続け、迷い悩み自答し続けることを、佐切もまた自身の生き様として選ぶのである。

「まさか 処刑人が罪人に情を持っちゃったわけ?」
「持っちゃいましたよ もうホント大好きですよ皆さんが 困ったもんです
罪は罪 悪は悪 それもわかるけど皆さんは罪人で…大切な人達です
矛盾だけどどうしようもない それじゃ駄目でしょうか」(『地獄楽』13巻より引用)

 同時に、彼女らしい懊悩に満ちた価値観は自身の生き様だけにとどまらない。共に目的を果たした画眉丸含め死罪人たちに、佐切は涙を見せながら素直な心情を吐露する。

 善悪の価値観は時代や環境、ともすれば立場によって大きく逆転することも少なくはない。誰から見ても悪一辺倒な人間が極めてごく一部の存在であることは、複雑な人間関係の中で日々生きる私たちも度々身に染みて実感しているはずだ。

 黒にも白にもなりきれない選択。あるいは黒も白も、強欲にどちらをも掴み取る選択。しかしそれを選んだが最後、思考は歩みを止めることを許してはくれず、時に悩み苦しむことも多い。だがそんな生きづらい苦悩の道を選ぶことを、本作は終始「人の強さ」として描ききった。

 往年の物語の中ではこれまで弱さや甘さとして描かれることも多い、懊悩や矛盾を抱え続ける生き様。それを優しく、けれども確かに力強く肯定するこの物語は、きっと今回のメディア化においてもより大勢の視聴者に響くことともなるのだろう。

執筆:ネゴト / 曽我美なつめ

あわせて読みたい