花嫁は父親の元婚約者!? 陰謀渦巻く後宮を舞台に、思惑を探り合う男女のドラマチックストーリー

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/11

覇王の後宮 天命の花嫁と百年の寵愛
覇王の後宮 天命の花嫁と百年の寵愛』(はるおかりの/ポプラ社)

 これまでに数々の「後宮ファンタジー小説」を手がけ、きらびやかな世界と男女の愛憎劇を濃密に描き続ける、はるおかりの氏。最新作の『覇王の後宮 天命の花嫁と百年の寵愛』(ポプラ社)は、烈・迅・成の三国が中原の覇を競い合う乱世を舞台にした中華後宮ファンタジーだ。

 皇帝が急死し、三皇子の元世龍が皇位を継ぐことになった烈国。大喪会場に成国の公主・史金麗が乱入し、その棺にとりすがって泣き崩れた。この地では鳳凰の化身である瑞兆天女の言い伝えが古くからあり、心から愛した男を超常の力で助け、天下をもたらすと語り継がれてきた。金麗は占いにより伝説の瑞兆天女だとされ、天下平定の大望を抱く皇帝は彼女に求婚していたのである。

 そんな伝説を信じていない世龍は、金麗に帰国をうながした。ところが彼女は顔も見たことがなかった亡き婚約者に操を立て、頑なに帰国を拒否するのである。烈国には新皇帝が先代の妻妾を娶る風習があり、このまま残れば金麗は世龍の妻の一人となる。遊牧騎馬民族の流れを汲む烈を蛮族と蔑み、婚姻を疎んで自害まで試みていた金麗は、一体何の目的でこの国に残ろうとするのか。彼女に疑いの目を向ける世龍と、とある大志のために皇帝に嫁ごうとする金麗。心に仮面を被った二人の、ばかしあいがはじまった……。

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 第一章のタイトル「龍と獅子の攻防」が象徴するように、金麗と世龍の関係はまずは互いの思惑の探り合いから始まる。金麗は世龍を手ごわく、油断のならない相手だと思い、彼もまた敵国からやってきた花嫁を「難業だな、この女を御するのは」と厄介に感じている。打算から手を結んだ好敵手のような二人が、後宮で起きるさまざまな事件を通じて徐々に心を通わせるというドラマチックなストーリーは、心地よいカタルシスをもたらす。

 成国の皇女として生まれた金麗は、仲睦まじい父帝と母后、そして同母の兄太子から惜しみない愛を注がれて育った。だが10年前に起きた後宮内の陰謀に巻き込まれ、母と兄は皇帝弑逆を謀った罪を着せられて処刑されてしまう。それ以後、ひたすらに辛酸を舐める日々を過ごしてきた金麗は、誰からも脅かされずに生きる場所を求め、敵国である烈国へと嫁いできたのだった。一見たおやかでありながら、目的のために周囲を欺く強かさと行動力を持ち合わせた金麗は、なんとも痛快でたくましいヒロインだ。

 後宮における寵愛の儚さが身にしみている金麗は、男という生き物が信じられず、夫を愛し続けた末に悲劇的な最期を迎えた母の二の舞にはなるまいとかたく誓っている。そのため、世龍から向けられる愛情を素直には受け止められず、二人の思いはすれ違いをみせてしまう。また、新帝となった世龍は生母が身分の低い奴婢であるため、その足元は盤石とは言えず、玉座への野心を秘めた弟や叔父たちがそれぞれの思惑で金麗へと接近する――。

 一歩ずつ心を通わせていく金麗と世龍の関係以外にも、緻密に練り込まれた各国の歴史や文化も本書の読みどころのひとつ。丁寧に積み上げられた設定の上に、架空の国々の姿がリアリティをもって浮かび上がる。陰謀ひしめく後宮を舞台に、さまざまな男女の希望と絶望が交差する愛の物語だ。

文=嵯峨景子

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