美人に産まれたのは罪ですか――? わいせつ被害に遭ったシングルマザーが出した手記をめぐる、予測不能ミステリー

文芸・カルチャー

更新日:2023/5/13

逆転美人
逆転美人』(藤崎翔/双葉社)

 伝説級トリックを見破れますか――? 普通、こんなキャッチコピーが帯に記されていると、読む前の期待値が高まりすぎてレビューに辛辣な意見が飛び交うこともある。だが、『逆転美人』(藤崎翔/双葉社)は違う。目を引くキャッチコピー以上だと、作者の巧妙なトリックが評価され、レビュー欄が賑わっているのだ。

 本作に綴られているのは、芸能人レベルの美人であるがゆえに苦労を強いられてきた、ひとりの女性の人生録…のはずが、作者が盛り込んだトリックが明かされた途端、物語の見え方がガラっと変わる。

わいせつ被害に遭った美人シングルマザーが手記を発売! そこに秘められた真実とは?

 娘が通う学校の教師から襲われたことで、世間から注目を浴びるようになった美人シングルマザーの香織(仮名)は、出版社からのオファーを受け、自身の半生を告白する手記を発表。本作は香織の手記という形で、物語が進んでいく。

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 香織は、芸能人レベルの美人。幼少期には何度か誘拐されそうになり、学生時代には同性から妬まれ、いじめを受けた。その中で、香織は同性から向けられる敵意から身を守るため、自分に好意を寄せるスクールカースト上位の男子と交際するようになる。

 だが、容姿が端麗であることから過度に理想化されてしまい、「思ってたのと違う」と別れを切り出され、学校でますます孤立してしまった。

 高校生の頃には、生徒から人気の教師が親身に勉強を教えてくれたことを機に恋仲になるも、実は相手には婚約者が…。周囲に不倫関係が明るみに出た日、香織は学校を退学した。

 こんな風に、美人であるがゆえに周囲から浮き、気づけば苦悩を強いられているのが香織の人生。大人になってからも、それは変わらず、バイト先で仲良くなった女友達が実は自分をうっとうしがっていたことを知ったり、条件がいい仕事へスカウトされ、喜んでいたら実際は愛人契約だったりと、日常は波瀾万丈。

 だが、そんな香織にもようやく春が訪れる。きっかけは、死を考えるほど心が弱っていた時に、コンビニ時代の同僚で、一度告白を断ったことがある鈴木と、偶然再会したことだった。

 鈴木がかけてくれた優しい言葉に心打たれた香織は、彼との交際をスタート。これまで付き合った男性とは違い、鈴木は端麗な容姿の香織を勝手に理想化して幻滅しなかった。そんな彼との日々に心地よさを感じた香織は、やがてプロポーズを承諾。娘を授かり、幸せな結婚生活を送ることとなった。

 だが、穏やかな時間は束の間だった。やがて、香織の人生は、またもや悲劇的なものに…。そして、世間から注目を集める原因となったわいせつ事件が発生。あまりにも悲惨な彼女の人生に触れると、本作がフィクションだと分かっていても、やり場のない憤りがこみ上げてくる。

 ところが、物語の後半で、作者が用意した巧みなトリックを目にすると、物語の見え方が一変。すべてが明らかになった時、筆者は開いた口がふさがらなくなった。これまで、公私ともに数多くのミステリー小説に触れてきたが、正直、こんなにも予想を裏切られる作者の遊び心に驚かされたのは初めて。物語を読み返しながら、思わずうなってしまった。

 ラスト1ページまで楽しめ、感動すら覚える伝説級のトリックは、ミステリーファンならずとも必見。ここに隠された秘密を、あなたは見破れるだろうか。

 なお、本作はルッキズムを題材にしており、他人の容姿の受け止め方を改めて考えさせられもする。近年ではお笑い界でも外見へのいじりが減るなど、少しずつ生まれ持った容姿を大切にできるような風潮作りがなされてきている。

 だが、作者は容姿を貶さないことだけでなく、外見が整っている人ばかりをチヤホヤしないことや、過度に見た目を褒めたりしないことも大切なのではないかと訴えかけている。

 よかれと思って口にした容姿にまつわる褒め言葉が、本人にとっては生きづらさに繋がるケースはたしかにある。実際、筆者の友人にも、目立ちたくないのに容姿を過度に褒められ、人との関わりを最小限にするようになった女性がいた。

 SNSが盛んな現代は、誰かの容姿に「いいね」が寄せられることも多い。そんな時代であるからこそ、本作に込めた作者の想いも多くの人に届いてほしい。

文=古川諭香

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