長渕剛を愛する超ポジティブなインドネシア人に勇気をもらえる! 多様性の時代だからこそ読みたいモスク建立奮闘記

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公開日:2023/6/10

香川にモスクができるまで
香川にモスクができるまで 在日ムスリム奮闘記』(岡内大三/晶文社)

 日本におけるムスリム(イスラム教徒)人口の増加や土葬墓地不足が時折ニュースになるようになって久しいですが、ご紹介する『香川にモスクができるまで 在日ムスリム奮闘記』(岡内大三/晶文社)は、ムスリムたちが「イスラム教徒であること」以前に「どんな人なのか」を描いた先に、モスク(イスラム教の礼拝所)建立という出来事を眺めた一冊です。

 1982年生まれの著者・岡内大三氏が本書を記すきっかけになったのは、ふたつの出来事があります。ひとつは、20代を目前に控えたタイミングでイギリス留学中に起きた「9.11同時多発テロ」です。中国人、インド人、パキスタン人、スペイン人、イギリス人の友人と共に寮で衝撃的なニュースを観た後、パキスタン人の部屋からすすり泣く声が廊下に漏れ聞こえたけれども何も行動を起こすことができなかったのが、ずっと岡内氏の心の中でひっかかっていたといいます。

 もうひとつは、出版社勤務を経てフリーランスのライター・編集者として活動していく中で、2015年に出会ったアメリカ人男性が「実は自分はムスリムなのだけれども、生活に差し障りが出るのでそのことは内緒にしていてほしい」と頼まれたこと。「ムスリムであること」が社会の中で何を意味するのかという疑問を、著者がより強く抱いた瞬間です。

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 そこに、2019年のある日、インドネシアに縁がある知人から「香川県にモスクを建てようとしているインドネシア人がいる」という話を耳にし、著者は積年のうっぷんを晴らすように、即座に思いを行動に移します。

 現地に訪れた著者を迎えたのは、讃岐弁が達者で、長渕剛の曲をこよなく愛すフィカル氏です。「モスク建立のために3100万円を集める」という、一本の映画になるような一大ミッションに共に立ち向かうことになる彼との出会いは、ポップコーンのような軽さで訪れます。

「イスラム教のことでも、なんでもええから、聞いてくださいね。あ、まずは私の自己紹介。ここ私の家ね。娘と奥さんと、猫と仲良く暮らしているね。仕事は船の溶接。日本に来て、もう15年くらいたちますよ。今年で38歳になりました」

 フィカル氏が語るところによると、「モスク」がどのような場所なのかということに定義はないそうです。どんな場所でもモスクにできるので、「モスクっぽい」風体をしたモスクだけではなく、中古の日本家屋やプレハブ小屋、団地の一室など様々な場所がモスクとして使用されており、公式な統計はないものの100カ所以上のモスクが日本に点在しているといいます。実際、商業施設「ゆめタウン」のフードコートでムスリムたちの会合があり、食事の前に祈りを捧げる場面が本書の冒頭で描かれています。

 題名が示すように、「モスクができる」という結果は既に明らかです。本書では「なぜそこまでして彼はモスクをつくりたいのか」という著者の疑問と、つくられるまでのプロセスから垣間見えるフィカル氏の人柄と周囲の人間模様が主題となっています。そういう意味で、本書は「宗教」「イスラム」についての本ではありません。「周囲の人間」も、ムスリムたちだけではなく、仲介している不動産会社の日本人までもが主要キャストとなっています。

「フィカルさん、よう頑張ったよ。あんな高いのはあきらめて、もっと小さな物件にしようや。探しとくけんね。自分たちでお金を出して買った方が、自由に使えてええと思うよ」
冷静な大人の意見だ。無理をして背伸びする必要はない。まずは小さなモスクからはじめたらいいじゃないか、と私も思うがフィカルさんは言う。
「私は絶対あきらめんよ。あの建物を買う! 3100万円を自分たちで集めるね。自信があるよ。自信がないと言わないね!」

 フードコートでも保てる宗教的実践を、物件を購入し「モスク」と名付けることで、コミュニティをつくりたい。そんな思いを実直に行動に変えていくフィカル氏のパッションは、コロナ禍という苦境もあいまって、宗教、イスラムという括りを超えて、多くの読者を勇気づける内容になっています。

文=神保慶政

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