精神年齢8歳を自称する佐藤二朗氏エッセイ。心から漏れ出した「おなら」「小便」に関する文章が上品に聞こえる理由

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/29

心のおもらし
心のおもらし』(佐藤二朗/朝日新聞出版)

 世の中には多種多様なおじさんが存在する。髭の似合う渋いダンディなおじさん、含蓄に富んだ話を神妙な顔で語るおじさん、あるいは親父ギャグを得意げに話すおじさん、下ネタを話すおじさん……そのすべてを兼ね備えているのが、佐藤二朗氏だと僕は思う。

 本当に? と首を傾げた人は、彼の秘密の一端を解き明かしてくれる新著『心のおもらし』(佐藤二朗/朝日新聞出版)を是非読んでいただきたい。

 佐藤二朗氏は、精神年齢8歳を自称する54歳の日本の俳優、脚本家、映画監督である。身長は181センチ、足のサイズは31センチ(電車でよく踏まれるらしい)。そんな佐藤二朗氏の心から漏れだしてしまった言葉の数々を、丁寧に集め、厳選し、1冊の本にまとめたものだ。

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 本書を読む前、僕の持つ佐藤二朗氏のイメージは、泥酔、親父ギャグ、勇者ヨシヒコの仏…などだった。しかし彼の心から漏れるのは、妻への愛や、大便の話、占い師に精神年齢を聞く話、放屁の話、おしっこの話、便器の話……かと思えばうるっと感動する話など、実にバラエティ豊かな「漏れ」があるようだった。それらを読むうちに、彼の心に秘める哲学と愛と深みを知った。果たして僕が54歳になった時、これほど豊かな「漏れ」があるものかと考えると、今から膀胱に、いや心に色々なものを溜め込みながら人生を過ごす必要があると思った。

なぜか下品に聞こえない佐藤二朗氏のシモに関する文才

放屁という「言葉」が好きなんです。「ほうひ」という語感にも何やらワクワクしますし、同義である「オナラ」よりも1歩も2歩も後ろを歩くような控えめな佇まいが好きなんです

 精神年齢8歳と自称し、ある占い師には6歳だ、いや15歳だと言われ喜ぶ佐藤二朗氏は、その触れこみ通り、低年齢向けの下ネタを扱う話が多い。すでに息子は12歳と、佐藤二朗氏の精神年齢を優に超えてしまっているが、それでもシモの話は止まらない。

 しかし、どうだろう。放屁の文章を見てお気づきかもしれないが、品があるのだ。どこか学術的で、思慮深く、まるで伝統工芸の皿について論じているような趣さえないだろうか?

 オナラや小便や大便の話をして「下ネタだ!」と指摘される人と、指摘されない人の2種類が存在する。佐藤二朗氏は間違いなく後者だと、僕は思う。あるいは、オナラを表面的に捉える人と、深層まで潜り込み、その本質にたどり着こうと努力する人がいる。佐藤二朗氏は後者だと、僕は思う。

どうせオナラするなら誰かの役に立ちたい。誰かの希望になるオナラでありたい

 佐藤二朗氏は、オナラに希望さえ見出す。大半の人が自分のためにするであろうものを、他人の希望にまで言及できる心意気……真似できないことだと僕は思った。

 その他、小便や大便、便器についての文章も是非読んでほしい。その一文一文が、シモについて語っているのに下品と言わせない秘密を、漏れなく解き明かしてくれるだろう。

妻が大好き、好き、好き…大好き、ぞっこん、首ったけ

 佐藤二朗氏はとにかく妻が大好きだ。5年間妻に関するコラムを定期的に書き続けられるだけで愛を感じるし、「君の顔、便器に似てるね」と妻に言われてただただ笑ったエピソード(本書では、泣きながら笑ったとも付け加えられている)や、「耳と結婚した」と言われる話などを嬉しそうに綴る姿にも愛を感じる。どんなことであっても妻の言葉が嬉しいのだと感じる。逆に、妻が佐藤二朗氏をいかに愛しているかも感じられるので、読んでいてとても幸せになれる。便器に似てると言われた話で、幸せになれる本は、おそらく世界にこの本1冊しかないだろう。

 半分以上はギャグに寄せた文章になっているが、残りは涙を誘ういい話を書くので、緩急があり、いい話が際立ち、佐藤二朗氏はきっと人間味の深い人なんだろうと思ってしまう。ヤンキーが更生したら褒められる論法と同じで、普段ふざけている人から聞く感動話には強い魔力があるのかもしれない。

 コラムだけでなく、佐藤二朗氏の書いた5本のオリジナル脚本(便座を上げたままだった男とそれに怒る女の話など)も収録されており、非常に豪華な構成になっている。佐藤二朗氏が好きな人も、これから好きになりたい人も、親父というものに興味がある人も、感動したい人も、脚本に興味がある人も、下品な単語を上品に語りたい人も、様々な人を受け入れてくれる実に寛容な1冊である。面白い…! の一言を漏らしてしまうこと必至である。

文=奥井雄義

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