江戸の商店街と仇討ちの意外な顛末は…。人の繋がりを描く直木賞候補作

小説・エッセイ

公開日:2013/1/25

春はそこまで ― 風待ち小路の人々

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:志川節子 価格:1,337円

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風待ち小路とは、参詣客で賑わう芝神明社にほど近い横町の通称。小規模な商店街のようなものだと考えればいい。本書はまず、この風待ち小路にある3つの店の話が連作短編として紹介される。絵双紙屋(今でいう書店)、生薬屋(薬局)、洗濯屋(クリーニング店)だ。

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ここで展開されるのはまさにお仕事小説。絵双紙屋は人気作を平台にならべ、新作には宣伝を書く。つまりPOPだ。生薬屋は遠方の客のために為替手形と飛脚を使って通信販売を始める。洗濯屋は通い帳を作って20回利用したら1回無料というサービスをやっている。どうです、今と同じでしょう! しかしそこにはもちろん江戸時代ならではの工夫やトラブルがあるので、現代が舞台のお仕事小説とはひと味もふた味も違うのだ。しかもこの商店街、近くに新しい商店街ができて客足が落ちたので、なんとかしなくてはという問題も抱えている。このあたりも現代と重なる。

ところが第4章からがらりと趣が変わる。いきなり武士の仇討ちの話になるのである。その変わりようは、同じ物語の続きだとは思えないほどだ。しかししばらく読めばわかる。これもまた「武士」という職業を描いた章なのである。

さあ、そこからが志川節子の真骨頂だ。3章までの〈お江戸商店街小説〉と4章の仇討ち物語がその後うまい具合に絡んでくるのである。風待ち小路全体が抱える問題、個々の店が抱える問題、そして仇討ちに懸ける一家の問題がひとつの場所に向かっていく。そこに至って読者は気付く。本書は職業小説であると同時に家族の物語であり、地域の物語でもあるということに。

商売をする家、武士の家。どちらもそこにいるのは家族であり、そこにあるのは家族のつながりだ。そしてそれらが集まってひとつの地域を構成する。家族という単位が地域という次の単位を作り、そこにドラマが生まれる。職業をベースにした人の絆。家族をベースにした人の絆。その両方で成り立っているのが商店街なのである。

デビュー二作目で直木賞候補になった本作だが、デビュー作『手のひら、ひらひら』は吉原を舞台に、遊郭で働く遊女以外の職業人たちを描いた連作集である。こちらもまた、江戸のプロフェッショナルが堪能できるとともに、その関係が織りなす人間ドラマに胸が熱くなる佳作である。


表紙だけでなく、扉もちゃんとある。これは電子書籍では意外と珍しい。サムネイルだけで表紙がない本もあるんだから!

目次から各章に飛べるけど、話は繋がっているので順番に読むのが吉