妻からの精神的DVに苦しむ男性、知的障害のある女性の生きづらさ…。さまざまな「死にたい」と向き合う新米・精神保健福祉士の奮闘を描くコミック

マンガ

公開日:2023/7/28

死にたいと言ってください
死にたいと言ってください ―保健所こころの支援係―』(中原ろく:著、松本俊彦:監修/双葉社)

 死にたいと思うほどの苦しみや行き詰まった現状を人に話すのは、とても怖く、勇気がいるものだ。だが、世の中には、そうした絶望感を受け止め、力になってくれる存在もたしかにいる。『死にたいと言ってください ―保健所こころの支援係―』(中原ろく:著、松本俊彦:監修/双葉社)は、そんな希望をくれる社会派コミックだ。

 本作の舞台は、保健所の保健予防課。自殺対策に取り組むこの課で、ひとりの新米・精神保健福祉士が奮闘。悩み、迷いながら、さまざまな人が抱える「死にたい」と向き合う。

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新米・精神保健福祉士が奮闘! 「死にたい」に繋がった心のSOSを受け止める

 世話になっていた上司が自殺したことを機に、基羊介は脱サラ。資格を取り、精神保健福祉士として保健所で働き始めた。

 羊介は、冷静沈着な冴木真優や、気さくで仕事に手を抜かない江野卓といった、先輩の精神保健福祉士と共に、相談者の家庭を訪問し現状を把握。死にたい気持ちと必死で戦う当事者と、その家族をサポートする。

 羊介らが介入する相談者はみな、自らSOSを発せないほどギリギリの精神状態。例えば、軽度の知的障害がある女性は生きづらさを感じることが多く、うつ病となり、夜中でも母親を起こして死にたい願望をぶつける。

 また、リストカットを繰り返す高校3年生の少女は、彼氏からずっと既読無視をされていたことで生きる気力を失い、ビルからの飛び降り自殺を計画するほど不安定。そうしたさまざまな苦しみを目の当たりにし、羊介は自分にできるサポート法を考えたり、生きることの正解を自問自答したりして、精神保健福祉士としてだけでなく、人間的にも成長していく。

 個人的に胸が苦しくなったのは、2度も自殺未遂を試みた祖父江崇(67)のエピソード。祖父江は自殺未遂をし病院へ入院。病院側からフォローを頼まれ、羊介と江野は祖父江のもとへ。

 祖父江は自殺の理由をはっきり言おうとせず不安定な様子だったため、羊介らは退院後に祖父江宅を訪問。そこで、祖父江のことを心配する素振りが全くない妻の態度に違和感を覚え、自殺未遂を繰り返す原因が夫婦間にあるのではないかと考えるようになった。

 その読みは的中。実は祖父江は、妻から日常的に暴言を吐かれるという精神的DVを長年にわたって受けていた。離婚は諦めたものの、精神的苦痛に耐えきれず、何度も自殺を試みていたのだ。

 この事実を突き止めた羊介らは妻と離れる決意をすることを促しつつ、日常生活で暴言をかわす方法を提案。だが、祖父江は羊介らの意見を次々と却下。一筋縄ではいかない状況に羊介らは頭を抱えるも、祖父江が死に向かわなくてもいい方法を模索する――。

 声なき叫びをすくい上げようとする、羊介たち。その姿に触れると、今この瞬間にも誰かの死にたい気持ちと向き合い、奮闘する精神保健福祉士がいることに胸が熱くなるはず。人の痛みに寄り添う羊介たちの姿は「頼れる人には、頼っていい」と訴えかけてもいるようで、心が軽くなりもした。

 精神保健福祉士という職に興味がある人はもちろん、心を麻痺させながら必死に今日を生きている人にも、本作のメッセージが届くことを願わずにはいられない。

 また、作中には警察庁が発表している年間の自殺者数や過去1年間に自殺未遂を経験したことがある人の数、男性用のDV避難シェルターが事実上ないことなど、この国のリアルが詰め込まれており、声に出せないSOSの多さに、改めて驚かされもする。

 誰かの「死にたい」の裏にある苦しみや、精神保健福祉士の努力が本作を通じて、より多くの人に届き、社会が優しい方向に変わっていくことを願いたい。

文=古川諭香

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