鈴木敏夫「記憶をたどるとしたら、今しかない!」。『ナウシカ』から『君たちはどう生きるか』まで、ジブリ全27作品を回想する歴史的一冊

文芸・カルチャー

更新日:2023/8/1

スタジオジブリ物語
スタジオジブリ物語 (集英社新書)』(鈴木敏夫/集英社)

 スタジオジブリ作品といえば、今や日本だけでなく世界も知る、日本アニメの代名詞的作品である。ジブリ作品自体はテレビ番組などで頻繁に取り上げられ、老若男女に認知、愛されているが、スタジオジブリというアニメ制作会社の歴史はというと、マニアや一部のファンの間でしか知られていないのではないだろうか。

 このほど、『スタジオジブリ物語 (集英社新書)』(鈴木敏夫/集英社)が出版された。スタジオジブリの映画プロデューサーであり、編集者でもある鈴木敏夫氏が責任編集として携わった一冊で、ジブリ40年の歴史がまとめられている。本書いわく、スタジオジブリの宮崎駿氏は“今、ここを生きる人”であって、「終わったことはどうでもいい」…つまり過去を正確に記憶できない人だという。得意なセリフは「大事なことは、鈴木さんが覚えておいて!」だそうで、宮崎氏と鈴木氏との会話で昔話に浸ることは一度もなく、話題は“今とほんの少し先の話”だけだというのが、じつに45年もタッグを組んでこられた理由だと述懐している。

 そんな鈴木氏だが、宮崎氏は82歳、本人も75歳になるということで、件の「大事なことは、鈴木さんが覚えておいて!」を堅守する自信がなくなってきたことと、ジブリの歴史を年代順に記した本がなかったことから、「この仕事には意味がある」と考え、一冊にまとめる決意をしたのだそうだ。

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 本書は最新作までの27作品ごとにその制作過程や歴史を余すことなく網羅しており、第1章は特にファンが多い『風の谷のナウシカ』から始まる。スタジオジブリの歴史すべてを振り返るという大仕事から当然の結果だが、500ページを超える大容量だ。細かく読むと、鈴木氏の記憶の中にしか生きながらえてこなかったかもしれない、貴重な記述を見つけることができそうだ。

 例えば、ナウシカの映画化は、とある映画企画を検討する会合で「原作がないものを映画にして当たるわけがない」という判断から、宮崎氏は「じゃあ、原作を描いちゃいましょう」と漫画連載の検討を始めたことに端を発する。しかし、“まじめ”な宮崎氏は、映画企画前提の漫画連載は漫画に対して失礼であるため、漫画としてきちんと描く、という考えに変わり、12年にわたって連載を続けることとなり、最終的に全7巻、全59話の壮大な物語として完結した。原作のうち、アニメ映画版は2巻の途中までのストーリーでしかないことは、原作を読んだことがないファンにもそこそこ知れ渡っている話だろう。

 このように、スタジオジブリ作品の全歴史に触れていくと、本レビューが長大なものとなりそうなので、最後に、誰もが気になる最新作『君たちはどう生きるか』についてふれてみたい。作品についてのネタバレはない。

 宮崎氏は、2013年の『風立ちぬ』公開中の2013年9月に、長編作品からの引退を表明。以降は企画や監修、構成などに携わっていたが、2016年に一冊の本を鈴木氏に提示した、という。それは、アイルランド人が書いた児童文学であり、やがて企画書と絵コンテになって、鈴木氏の手に委ねられた。鈴木氏は、迷っていたと、本書で明かしている。つまり、「やることになれば何が待っているか、見えるから」という理由だ。やるなら、時間もお金も今までの映画の少なくとも倍はかけたい、しかし、回収はままならないだろう…とはいえ、これまでやって来たことは繰り返したくない、というのが鈴木氏の本心であったそうだ。

 ところが、ある日、悩みながら宮崎氏のアトリエを訪れた鈴木氏は、いつになくニコニコして「お茶飲む?」とお湯を沸かし始めた宮崎氏の姿を見て、「やるしかないのかな」と心が決まったと告白している。ただ、先述のとおり、「これまでやって来たことは繰り返したくない」思いから、製作委員会方式を解消して単独出資製作とすること、そして大宣伝をやめることの2つを決める。

 こうして紆余曲折を経てファンの前に登場したのが、本書で略すところの『君たち』である。この章の終わりあたりで、「異例づくしの宮崎駿監督82歳の挑戦を、果たして観客はどう受け止めるか」と不安を吐露している。ちなみに、私は作品を未視聴であり、ネタバレ情報にも極力見聞きしないようにしてきた中で、本記事を書いている。視聴が楽しみだ。

 ちなみに、本書には宮崎氏はまったく関わっていない、とあとがきに記されているとともに、追伸で、「この新書の編集中、宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』がほぼ完成した。宣伝をしないことを決めていたので、時間に余裕があった。」と締めくくっている。

 ファンを楽しみにさせたり、不安にさせたりした宣伝なしの手法は、こんなところにも効果を発揮していた。

文=ルートつつみ (@root223

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