アラフィフ男性が、生まれて初めて“スキンケア沼”へ――電車の窓に映る自分の顔が死んだ父親に見え一念発起! 美容にハマった体験記

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/30

電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。
電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』(さとうもえ:著、鈴本彩:著、天風会:監修、平野秀典:監修/あさ出版)

 年を重ねるにつれ、電車の窓やショーウインドウに、ふと映った自分に愕然とする機会は増えるように思う。無意識に表情を作ってしまいがちな鏡の前とは違い、無防備な瞬間の自分には“理想フィルター”がかからない。だから、自分が思っているよりも、はるかに老いに迫られている現実を直視せざるを得なくなり、心が苦しくなる。

電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』(伊藤聡/平凡社)は、そんな恐怖を感じたことがある方に勧めたい体験記だ。

 本書は、スキンケア初心者のアラフィフ男性が美容沼にハマっていく過程を綴った体験記。メンズ美容が話題になることも多い今の時代にぴったりで、女性もスキンケアとの向き合い方を見つめ直せる一冊となっている。

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男ならではの恥ずかしさも克服! 美に無頓着だったアラフィフ男性が“スキンケア好き”に

 著者は会社員をしながらライター業もこなす、アラフィフ男性。スキンケアにはまったく興味がなかったが、テレワークが終了し、久しぶりに会社へ出勤した日、心境が変わる出来事が。帰宅時、電車の窓に映った自分が、20年以上前に死んだ父親にそっくりであることに気づいたのだ。

 節制を欠いた10カ月間のテレワーク生活で、生前の父のようなくたびれた容姿になってしまった…。その事実にショックを受けた著者は、肌の手入れをしようと決意。早速、ドラッグストアへ寄り、スキンケア用品を購入することにした。

 だが、著者が今までしていたスキンケアといえば、ひげ剃り後にカミソリ負けした肌のひりつきを抑えるため、化粧水を塗る程度。スキンケア売り場では、種類が豊富で値段もさまざまな商品の中から、どれを選べばいいのか分からず困惑してしまった。

 また、肌を保護するスキンケアという行為自体が「男らしさ」の対極にあるように思え、スキンケア用品を買うことに恥ずかしさがこみ上げてしまった。

 結局、戦利品ゼロで帰宅した著者は恥ずかしさを克服するべく、自分の心と向き合い、改めて自分の顔を直視。どの部分を変えたいのか、具体的に考えることにした。

 毛穴やシミ、ほうれい線、シワなど、気になる肌トラブルはもりだくさん。そこで、まずは友人の女性に普段使っているスキンケア用品を聞き、その情報を参考にして化粧水、乳液、美容液を購入。ひとまず保湿をしてみた。

 すると、翌朝、肌がもちもちと柔らかく、ふっくらした感触になっていることに驚愕。この体験を機に、著者はスキンケアの楽しさにハマっていくこととなる――。

 著者は「テクスチャー」や「抜け感」など、初めて耳にする美容業界の専門用語にわくわくしながらスキンケアの知識を得たり、美容雑誌を楽しんだりと美容の世界を満喫。本書では化粧水、乳液、美容液の違いや使い方がコミカルな視点で解説されていて面白い。

中学の頃、技術の授業で木工制作をした際、表面にニスを塗って仕上げをした経験がある方は多いと思うが、原理はあれと同じだと考えてよい。(P50/乳液の説明)

 なお、スキンケアをはじめたい男性ビギナーにおすすめの化粧品メーカーも紹介しているので、そちらも要チェック。「スキンケアは恥ずかしい」という男性特有の葛藤との向き合い方も参考になるはずだ。

 また、著者の体験記は日頃からスキンケアに励んでいる女性読者にも大きな気づきを与える。毎日の日課であるスキンケアは、「やらなければならないルーティン」になりがちだ。中にはSNSで見た美しい誰かに憧れ、今の自分を卑下しながらスキンケアを行っている人もいるのではないだろうか。

 だからこそ、著者が感じたスキンケアの醍醐味に触れると、ハっとする。スキンケアとは本来、自分を労わるための楽しい時間だったと気づかされて。

容姿の改善のためにめんどうな作業をがまんするのではなく、日々のスキンケアの過程それじたいの心地よさを感じられるのがいいと思った。マラソン選手が給水所でドリンクを受け取るような「補給」のよろこびがあった。(P45)

美容とは、美しさと健康の両立であり、自分にとってもっとも快適な状態に近づくことなのだ。(P123)

 こうした気づきに触れると、自分をもっと大切に扱い、楽しみながらスキンケアを続けていこうと思えるのではないだろうか。

 男女問わず、自分と美容の距離感や、その意味を考えるきっかけを生んでくれる本書。他者ばかりが眩しく見え、自分が求める美を見失ってしまいやすい今の時代だからこそ、多くの人に届いてほしい。

文=古川諭香

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