映画「バカ塗りの娘」原作。50回塗っては研ぐを繰り返す「バカ塗り」と呼ばれる伝統工芸を通して紡ぐ、無口な父と娘の絆の物語

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/9

新版 ジャパン・ディグニティ
新版 ジャパン・ディグニティ』(髙森美由紀/産業編集センター)

 青森の津軽塗は「バカ塗り」と言われる。

 日本が誇る伝統工芸である津軽塗。塗っては研ぐという工程を50回施し、2ヶ月以上の時間をかけて作られる作品は、耐久性があり「堅牢」とも評され、シャープさを持つ会津塗や輪島塗とは違う重厚感を持つ。「バカに塗ってバカに手間暇かけてバカに丈夫」それが「バカ塗り」と言われる所以である。

 髙森美由紀著『新版 ジャパン・ディグニティ』(産業編集センター)は、津軽塗職人の父とその娘の物語である。22歳の美也子はスーパーのレジ係をしていたが、彼女の内向的な性格からクレーマーに苛められ、同僚たちからも疎まれ、とうとうスーパーを辞める。幼い頃から見てきた父の仕事をこれまで以上に意識するようになり、津軽塗の世界に入ることを心に決める。

advertisement

「『物事には、あなたがちょうどそれを必要とするときに起こるという習性があります』」
「何よそれ」
「そういうタイミングがあるって言うのよ」
「何の宗教なのさ」
「宗教じゃなくて、世の中そういうふうになってるってこと。アタシたちみたいな小さな存在は世の中の流れにヘイヘイ従ってりゃつつがなく終われるってことよ」

 スーパーの仕事を辞めるか悩んでいた美也子と、弟のユウとの会話である。同居する父は「今もこんな男性がいるのか」と疑ってしまうくらい頑固一徹な気難しい人間で、漆を続けていては生活が立ち行かなくなるにもかかわらず、漆に固執する父の身勝手さに、母は愛想を尽かして出ていってしまった。母は美也子とユウの弁当を作って――ユウの大好物の卵焼きを入れて――郵便受けに届ける。「母の不在」は物語に影を落としているように思う。

 父は無口だが、実は何も考えていないわけではない。美也子が津軽塗職人になりたいと明かす場面で、「私、これを仕事にしていきたいんだけど」と言う美也子に「ん、やってみねが」と一言だけ返す。

 本書は津軽塗を通して浮かび上がる、不器用なひとりの女性の成長物語なのだ。様々な事情を抱えた依頼人への対応。ユウの過去と結婚。母の身の置き所。青森県内の工芸品を集めた展示即売会、そしてオランダの美術展への「津軽塗のピアノ」の出品……。おろおろしている美也子に変わってユウが叫ぶ。〈「ディスイズ・ジャパン・ディグニティ!(これが漆の気高さよ!)」〉

〈津軽塗は研げば研ぐほど過去が現れる。何をしてきたかが如実に突きつけられる。
嘘はない。
喉を詰まらせることもない。
出来上がった物には、私のすべてを知られている。〉

 美也子のセリフである。何十回も研いで塗り、その層が職人である「私」を映し出す。他人の誰にも怒られず、責められず、ここにいていい、とオランダから、そして津軽塗から笑顔で迎えられた美也子は、今後どのような職人になっていくのだろうか。

『ジャパン・ディグニティ』は、タイトルを「バカ塗りの娘」と変えて映画化された。父は小林薫、美也子を堀田真由が演じ、9月1日全国公開される。予告編を観た筆者は「配役、ピッタリじゃないか!」と心を躍らせてしまった。原作にある津軽塗の製作工程を、画面を通して観られるのにも期待したい。また、本書『新版 ジャパン・ディグニティ』にはアフターストーリーとなる「あとは漆が上手くやってくれる」が書き下ろしで収録されている。映画とともに楽しまれることをお勧めしたい。

文=高松霞

あわせて読みたい