キスで人間に戻る王子はなぜカエルだったのか!? 人間が「変態」するメカニズムを解剖した図説本『異形の変態』が面白すぎる

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更新日:2023/8/31

異形の変態
異形の変態』(ジャン=バティスト・ド・パナフィユー:著、河野 彩:訳/原書房)

 狼人間、ハエ男、吸血鬼……人間の肉体から別種へと変貌する異形の幻想生物たち。現実に、人間がみるみる狼人間になる様子を見たことのある人はおそらくいないだろうが、自然界には、蛹から蝶になったり、オタマジャクシからカエルになったりするような目をみはる「変態」が存在する。これがもし人間に起こったら……!?

異形の変態』(ジャン=バティスト・ド・パナフィユー:著、河野 彩:訳/原書房)は、人間を軸に「変態」する空想上の生物を真面目に考察し、リアルさを追求した想像力豊かな解剖図とともに紹介してくれる空想の図説本である。

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キスという接触で変態するカエルになった王子様

異形の変態

異形の変態

 人間大のカエルが、お姫様によるキスで王子様に変身するというおとぎ話はよく聞く。しかし、なぜキスで変身するのか、そのメカニズムは何なのか、姫の唇には特別な力があったのか、なぜカエルでなければならないのか、などと問われると戸惑ってしまうかもしれない。

 そもそも、グリム童話『かえるの王さま、あるいは鉄のハインリヒ』の初版ではキスは出てこないらしい。いっしょにベッドに入ってきたカエルに対して、姫が「気持ち悪いカエル!」と怒って叫び、カエルを壁に投げつける。その暴力によって、カエルから王子様に戻ることができるのだ。またスコットランド版より古いバージョンでは、頭を切れば王子に戻ることができると姫に語るカエルが登場し、朝鮮版ではカエルの背中をハサミで切っていくと中から王子が現れるという。

 つまり、時代や国によって、キスではなく別の要因が、カエルを王子に戻していたらしいのだ。

 ここからは僕個人の考察だが、「変態」のきっかけが時代によって変わることから、絶対条件が「キス」ではないことがわかる。物語の見え方として、真実の愛を示すために便宜的に「キス」がどこかから引っ張って来られたに過ぎないのかもしれない。暴力によって道が切り開かれる描写は、現代社会には受け入れられないからだ。

 しかし、どうして『かえるの王さま、あるいは鉄のハインリヒ』において、王子はトンボでも魚でもなく「カエル」でなければならなかったのか?

 その疑問については、本書がある仮説を提示してくれている。

 王子はカエルの姿になってしまってからも、水中に潜ったり、城を歩いたりする必要があった。トンボでは水中に潜ることはできなかっただろうし、魚にはお城は歩けなかった。そのため、水中にも入れて陸上も歩けるカエルであるというのが適当だったのだ。

 さらに言うと、そもそもオタマジャクシからカエルになるという「変態」をすでに遂げているため、それがまた人間に変態することもまた、もしかしたらあり得ることなのかもしれない、と本書では考察している。

ハエ人間に、蛇女。解剖図を見れば「変態」の過程がわかる!?

異形の変態

 瞬間移動を可能にする機械に乗った際に、ハエもいっしょに乗り込んでしまい、瞬間移動の衝撃で体の半分がハエになってしまう話などの例が紹介されている。

異形の変態

 図説では、人間の頭にハエの体がベースになっているパターンと、ハエの頭部に人間の体がベースになっている2パターンが紹介されている。ハエの頭部を採用するとなると、人間の鼻、耳、唇、歯などが完全になくなり体に吸収されることになるらしい。

異形の変態

 中世に流行った蛇女メリュジーヌという話は、人間が蛇に「変態」する話である。結婚した美女に「土曜日に決して私の姿を見ないでね!」と言われた夫だったが、ある土曜日、入浴している女の姿を見てしまう。

“臍から上は女性の姿で髪の毛をとかしていたが、臍から下はニシン樽のように太くて、とても長い蛇の尾をしていた。その尾で水をあまりに強く叩くので、水が天井にもかかっていた”

 多くの人がもっている蛇に対する嫌悪感をよく表す物語である。また、蛇女の解剖図には、「変態は、まず下半身から始まる。脊柱が伸びて、脚がほぼ完全に消える……」とまるで見てきたような筆致で綴る。

異形の変態

 コウモリ男、吸血鬼、蜘蛛女、クマ人間、豚人間……など、ただ突飛な空想をしているわけではない。脳を通して世界を見ている限り、脳に感情が乗っかって作用し、たとえば狡猾で危険のある人間が、蛇に見えてしまっても何らおかしなことではないのかもしれない。

 人間と動物との境界が曖昧になる「変態」の世界を、本書で是非楽しんでみてほしい。狡猾な人間を見て「蛇のような奴め」と思った途端、彼の下半身が蛇になるべく「変態」をはじめるように見えるかもしれない。

文=奥井雄義

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