妄想するのって、こんなに素敵なことだったんだ! 駅員さん、女子高生、お洒落イケメン、さまざまな人との妄想を描く『素敵な妄想デイズ』

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更新日:2023/8/29

素敵な妄想デイズ
素敵な妄想デイズ』(きゅうた/KADOKAWA)

 過度にネガティブなつもりはないけれど、現実にはしんどいことが多い。仕事でのトラブルや人間関係のいざこざ、上手くいかないこと、思い通りにならないことに青息吐息の毎日だ。そんなとき、ふと妄想の世界に浸ることがある人も少なくないのではないだろうか。それを「現実逃避じゃん」と笑う人もいるかもしれないけれど、逃避することで心を守り、また明日を頑張る活力につながるのであればなんら悪いことじゃない。

 そんな妄想を「素敵」と称し、妄想する日々を面白おかしく描いたコミックエッセイが登場した。きゅうたさんのデビュー作となる、『素敵な妄想デイズ』(KADOKAWA)だ。

 本作の主人公である遠山明日香は29歳の独身女性。会社では経理部に所属し、自身を「妄想生産者」と呼ぶ生粋の妄想好きだ。目下の心配事は薄毛。日常生活にトキメキが少なく、女性ホルモンの分泌も皆無であると思っているため、それが薄毛を進行させてしまうのではないかと不安になっている。だからそれを防ぐために作り出した趣味が「妄想」なのだ。それによって自発的にトキメキを生み出せば、薄毛も防げるのではないかという。この時点でなかなか……、いや、だいぶユニークな人柄であることがわかるだろう。

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 明日香の妄想はとても多岐にわたる。たとえば通勤時に見かける駅員さんをターゲットにしたものでは、挨拶したことをきっかけにしたふたりの同棲生活の妄想が繰り広げられていく。英一郎と名付けられた妄想上の彼は、意外と情熱的。なんせ、初めて言葉を交わしたときにこんな決め台詞を述べるほどだ。

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 妄想がすぎる! でも、こんなクサイことを照れながら言ってくれる駅員さんがいたら、そりゃ胸キュンものだろう。

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 その後も明日香の妄想は暴走していく。「間接警笛キス」なんて破壊力抜群のワードを生み出すほどだ。

 もちろん、明日香は自身の妄想力がとんでもないことを理解している。だからあまりにも下卑た妄想はしない。欲しているのはあくまでも角砂糖程度のトキメキ。それ以上でもそれ以下でもない妄想にとどめているところは、妄想生産者としての矜持かもしれない。

 他の妄想も斜め上をいくような面白いものばかり。控えめな性格の女子高生との母性をくすぐられるやり取りや、悪の組織に攫われたお洒落イケメンを救うための闘いなど、キュンとしつつもお腹を抱えて笑えるだろう。

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 本作はそういった妄想エピソードの積み重ねによる連絡短編のような形式で進んでいくのだが、中盤にはぐっとくる展開が待ち受けている。ネタバレなしで楽しんでもらいたいため詳細は伏せるが、明日香の妄想に登場した人物との現実世界での交流が描かれていくのだ。妄想生産者の明日香にとってそれは、想定外の出来事。妄想の世界ではまるでスーパーウーマンのような明日香がアワアワする姿は微笑ましくもある。

 本作を読んでいてとても好感が持てたのは、主人公の明日香を「ただの寂しい人」として描いていないところ。明日香にとって妄想することはとても楽しいことであり、生きがいにさえなっている。それに加え、妄想が現実世界をほんの少し変えてくれるのだ。そこには、人とはちょっと違う趣味を持っていたってそれはおかしいことではないし、それが現実を好転させることさえあるのだというポジティブなメッセージが感じられる。

 もしも「妄想」を馬鹿にしている人がいたら、ぜひ本作を読んでみてもらいたい。あれ、意外と悪くないのかもなって思えるだろうから。

文=イガラシダイ


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