なりたい職業ランキング「YouTuber」が1位から陥落。学生の進路相談でことごとく夢を否定する「夢なし先生」の辛口すぎる現実が逆に救い!?

マンガ

更新日:2023/10/6

夢なし先生の進路指導
夢なし先生の進路指導』(笠原真樹/小学館)

 なりたい職業で「YouTuber」が1位から陥落したというニュースを見た。かつてかなりの額を得ていたことを公言していた有名YouTuberが収入減を話したり、ある大物YouTuberが「タイアップをしてあげるから500万を報酬として支払ってほしい」という話を美容外科に持ち掛けたことがX(旧Twitter)で話題になったこともあったり「大変な職業なのかも」と不安が広がっていることも要因のひとつだろうか。

夢なし先生の進路指導』(笠原真樹/小学館)は、学生が抱える将来の「夢」に対して、元キャリアコンサルタントの高校教師・高梨先生がその夢を追いかける困難さや怖さ、リスクなどの現実を訥々と伝え、生徒の熱意を確かめたり、別の道を提案したりして進路指導する話である。彼は生徒から「夢なし先生」と揶揄されるほど現実主義だが、その指導は、文献調査や取材などに裏付けされた情報であるため、実は一番親身になって生徒のことを考えているとも捉えられるのだ。

“夢は無慈悲で残酷です。その扱いによってはあなたの人生を狂わせる。夢にはくれぐれも気を付けてください。”

夢なし先生の進路指導

 このマンガは、将来の夢を持ち、キラキラした未来を想像し、がむしゃらに努力する学生たちには、少しばかり現実的すぎて、辛口すぎるかもしれない。しかし、生徒たちが望む職業に関する事前調査の豊富さを知れば、言葉の重みが変わってくるだろう。

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 それに「夢なし先生」の進路指導が、何も学生の間だけではなく、卒業後のケアにまで至るところにも先生としての責任感の強さが現れていて好感が持てる。何が、「夢なし先生」をそこまで駆り立てるのか? その謎は1巻では明かされていないが、今後注目したいポイントだ。

「夢は人を殺しかけない」夢に殺された人々

 エベレスト登頂を目指した登山家が、これまで200名以上山で亡くなっている。「エベレスト登頂」という夢を目指した結果、命を落としているのだ。これは夢が物理的な「死」に直結しているパターンだが、本書はそういった物理的に直結した「死」よりも精神的な「死」を扱う。

 第一話では「声優」を目指す女子高生に、声優になることの困難さを「夢なし先生」が訥々と伝えるシーンがある。「声優志望者数は年々増えており、総数は30万人以上」「人気事務所への所属倍率は500倍」「有名アニメのオーディションの倍率はおよそ7000倍」「夢をエサに生徒を食い荒らす養成所ビジネス」「23歳以上になると極端にチャンスが減る声優のアイドル化」「オーディション合格を条件にわいせつな行為を迫るプロダクション関係者」……。

夢なし先生の進路指導

 何も夢を諦めてほしくてそう言っているのではない。そういったネガティブな側面を知ってもなお、追いかけたいと思える情熱があるか、自分の意思でそれを全力で目指しているかという確認なのだ。

 しかし、意思の強さだけが将来の夢を叶わせるのではないのも現実。実力だけではなく、時には運が必要だったり、不本意な犠牲によって叶ったりする場合もある。

 だからこそ、一度打ち立てた夢だからといって、それに固執し続けることは良くないのだ。夢のために精神を病んでしまっているのに、諦められないのは「夢の呪い」にかかっている状況。時には諦める必要もある。ただし、諦めることは何も悪いことばかりではない、と本書は教えてくれる。

夢なし先生の進路指導

“諦めるという言葉の語源は、「明らかにする」だそうです。明らかにしてよく見極めるという意味で、本来はポジティブな言葉でしたが、それがいつか「断念する」などのネガティブな意味で使われるようになった。”
P.89より

 時に夢を諦めることは大切だ。第一話の「声優」を目指そうと思った女子高生は、友人に言われた「声優になれそうな声をしているよね」という、雑談の中のたった一言がきっかけだった。それまで声優になろうとは特に思っていなかったが、ほんの一言で、夢になってしまい、努力してしまったがために、途中で諦められなくなり、夢の呪いにかかってしまっただけなのだ。人生は長く続く。ほんの些細なきっかけで抱いた夢に押し潰されてしまうにはあまりに惜しい。

夢なし先生の進路指導

 夢に潰されそうになっている彼女の前に現れた「夢なし先生」が、改めて卒業以来の進路指導をするのだが、彼の説得力のある指導と、声優を目指していた彼女の決断を、是非その目で確かめてほしい。

「夢なし先生」の言葉は夢を持つ学生の耳には辛口すぎるが…

 驚くのは、その取材の綿密さと、参考文献の豊富さだ。1巻では、「声優」になりたい女の子と、「鉄道員」になりたい男の子が主に描かれている(「メンズアイドル」になりたい男の子の話は途中まで)のだが、その職業の実態に迫るために、高校、中学校をはじめとした教師と生徒、専門学校教諭などの教育機関にかかわる人たちへの取材、声優、元声優、鉄道会社や鉄道運転士など、現役で働く人から引退した人にまで取材を行っている。謝辞には22人の名前が書かれているが、その他にも多数取材をしている、とのこと。

 また、参考文献は書かれているものだけで38冊と綿密な調査が窺える。

 本書は、夢に向かい努力し、キラキラした将来を想像する学生には少し辛口かもしれない。自分の将来の夢を否定するようなことを言われて、気分のいい人はいないだろう。しかし、それが綿密な調査と裏付けによる話だとしたら? ただ、「いい大学に行って大手に就職しろ」とか、「一握りの天才にしかなれないから諦めろ」と言ってろくに調べもせずに夢を諦めさせようとする大人たちや、反対に何の裏付けもなく「夢を持つことはいいことだ」と言って手放しで応援する大人たちと比べてどうだろうか。

夢なし先生の進路指導

 そういった意味で「夢なし先生」ほど、あなたのことを真摯に、親身に考えてくれる人はいないだろう。「夢」を持つことはとても大切なことだ。しかし、その「夢」だけに固執し、「夢」という呪いにかけられ押し潰されてはいけない。時に「夢」を諦めたり、人生の路線を変更したりすることも大切なのだ。「夢」は、ほんの些細な言葉、環境などの小さなきっかけで、たまたま生まれたものも多いのだから。

文=奥井雄義

(C)笠原真樹/小学館

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