五十嵐律人「思い付いたアイデアを、このシリーズなら何でも入れられるんです」リーガル&学園ミステリー「六法推理」新刊発売インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/8

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年6月号からの転載です。

五十嵐律人さん

 現役弁護士でもある小説家・五十嵐律人は、実写映画化で話題となったメフィスト賞受賞のデビュー作『法廷遊戯』以来、リーガルミステリーの可能性を更新し続けてきた。この春文庫化された『六法推理』は、霞山大学で無料法律相談所となる自主ゼミを運営し、法律上のトラブルを抱えた学生にアドバイスする法学部生・古城行成と、押しかけ助手となる経済学部生・戸賀夏倫がW探偵役を務めるリーガル&学園ミステリー。全4編収録の最新刊『密室法典』は、その続編に当たる。自身初となるシリーズ作品だ。

取材・文=吉田大助 写真=You Ishii

「『六法推理』は法律の面白さをもっとカジュアルに表現したいという考えで書き出したこともあり、とにかく書いていてずっと楽しかったんです。2人のキャラクターもすごく気に入っていたし、続きを書けたらいいなとは思っていました。ただ、そうは言っても読者さんの反応を見てからだな、と。いざ単行本を出してみたら、今までで一番“続編が読みたいです”という声をもらったんですよ。本当にたくさんの読者から“古城と戸賀のコンビが好きです”と言ってもらえたんです」

 続編執筆にあたっては、学年をひとつ進め、登場人物たちの個性と関係性を掘り下げていこうと決めた。そのため、前作では古城が全編の語り手だったが、今作では1話ごとに語り手が変わる形式となっている。

 第1話「密室法典」では、霞山大学のロースクール(法科大学院)の1年生となった古城を語り手に、キャンパス内で発生した不可解な事件の謎を追う。「模擬法廷」と呼ばれる教室で、恐竜の着ぐるみを着用したロースクール生が意識不明状態で発見された。しかも教室のドアは鍵がかかっており、密室状態だった─。その目撃談を語る古城に対して、経済学部4年生の戸賀夏倫と無法律の新メンバー・矢野綾芽が、古城をとことん犯人扱いする掛け合いから面白い。法曹エリート一家に生まれた孤独な秀才キャラである古城は、この3人の関係の中では“ぼっち”のイジられキャラなのだ。

「そこの掛け合いを書きながら、自分はこれが書きたかった、と思いました(笑)。単にストーリーを進めるためのセリフではなく、キャラクターたちの個性だったり人間関係の距離感を表現するためのセリフは、他ではなかなか書けないんです」

 続編を執筆するうえで新たに追加した要素がある。前作は学生生活の中で起こり得る「日常の謎」がメインだったが、今回は本格ミステリーへのオマージュをふんだんに盛り込んでいるのだ。

「できる限り法律を絡めた話にすることは心がけつつ、ずっと書きたかったけれど他では書けなかった『本格』への情熱を解放してみました。例えば密室で起きた事件を、ガチガチの裁判パートがあるリーガルミステリーとして書くのは難しい。むしろ学校が舞台で、学生が主人公だからこそできるんじゃないかなと思ったんです。ただ、純粋に密室トリックだけで勝負しようとしても、ミステリーの古典的名作たちには到底敵いません。“なぜ密室を作るのか?”という動機の部分に現代性を反映させ、トリックと動機の合わせ技にする必要があるんじゃないか……というところから、このお話の核となるアイデアが浮かんできました」

 ミステリーおたくで、とある事情から第1話の事件に並々ならぬ執着を燃やす戸賀は言う。「密室のトリックも動機も、令和の時代にふさわしいものを期待しています」。その期待に、作者は見事応えている。

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「普通」の存在が加わり、古城と戸賀の個性が際立つ

 第2話「今際伝言」では再び古城を語り手に据え、医師一家の同級生が巻き込まれた相続にまつわる事件と向き合う姿を描き出す。突然死した依頼者の祖父は、全く同じ日付の遺言書を2通作成していた。1通は相続人欄に依頼者の名前が記されており、もう1通は依頼者の父だった。さらに、故人は折り畳まれた便箋を右手に握っており、そこには奇妙な図形が書かれていて──。実在する法律の不思議と「ダイイングメッセージ」のミステリーが結びついた、著者らしさ全開の1編だ。

「全く同じ日付の遺言書が2通見つかったらどうなるか、という謎のアイデアがまず閃いたんですが、あまりにも状況がニッチすぎて法律的にどう処理されるのかがパッとはわかりませんでした。調べてみたら、相殺される、どちらもなかったことにされると知って、これは面白い話が書けそうだぞと思ったんです。誰かに無理やり書かされたのか、遺言者の意思で2通も残されたのか。後者だとしたら、背景にはきっと親子の確執があって……と想像がどんどん膨らんでいきました」

 初稿段階から、最も加筆修正を施した1編だったという。

「このシリーズの“ビターなんだけど爽やかさもある”という空気感って、結構簡単に崩れてしまう。そこのバランスをどう維持するかは、常に意識しています」

学生が主人公だからこそ、書ける物語がある

 第3話「閉鎖官庁」では、無法律の新メンバーで法学部4年生の矢野綾芽が語り手に選ばれている。本書全体を通して、彼女の存在はカギとなっている。

「社会に出る前のモラトリアムな心境だったり、学生ゆえの悩みを書けるのもこのシリーズならではだと思っています。特に綾芽は、成績は優秀なんだけれども、自分ではごく普通の人間だと認識している。就職活動も普通にするし、法学部だからと言って誰もが法律に関わる仕事を志すわけではないんですよね。そういう人間が無法律に加わったことで、古城と戸賀の個性がより際立ったのかな、と。就活というイベントを介した3人の関係性の変化も、今回書いてみたいところでした」

 実は、綾芽は就職活動で霞が関を訪れ、各省庁の面接を受けていた。いつ始まるかわからない面接が終わるまでは外出禁止、というルールを前に、〈官庁訪問は、クローズドサークルの一つかもしれない〉と心の中でポツリ。すると、偶然出会った高校時代のクラスメイトから失踪宣告にまつわる法律相談を持ちかけられて─。“爽やかだけれどビター”な後味も、このシリーズならではだ。

「官庁訪問は僕も昔経験したんですが、朝9時に建物の中に入れられて夜9時くらいまで外に出られないのが本当に理不尽で、いつかこのことを小説で書いてやろうとずっと狙っていました(笑)。学生って人生において背負っているものが少ないので、社会人に比べると結構悪意を書きにくいんですよ。でも、若者ならではの悪意、純粋がゆえの悪意をここでは書いてみたかった」

 最終第4話「毒入生誕祭」の発想の出発点を尋ねると、意外な返答が。「当時『アスカノ』(『明日、私は誰かのカノジョ』)というマンガにハマっていて、シャンパンタワーが出てくるような話を自分でも書いてみたいと思ったんです(笑)」。

 話を聞けば聞くほど、楽しみながら書いていることがよくわかる。

「自由度が高いんですよね。普段リーガルミステリーとして発表している作品では入れられないようなネタだったり、リーガルとは関わりのないような、衝動的に“書きたい!”と思ったアイデアも、このシリーズならば何でも入れられるんです。まだ明かされていないキャラクターたちの過去もありますし、今後の人生で彼らがどんな選択をしていくのかも書いてみたいと思っています。1冊目を出した時とは心境が少し違いますね。続編、絶対に書きたいです」

五十嵐律人
いがらし・りつと●1990年、岩手県生まれ。東北大学法科大学院卒業。2020年7月、『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞しデビュー。同作は2023年に実写映画化された。その他の著作に『魔女の原罪』『真夜中法律事務所』など。ベリーベスト法律事務所に所属し、弁護士としても活動中。

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