Z世代のアガサ・クリスティーと称される若手作家の最新作。無人島の貸切コテージで起る凄惨で哀しい殺人事件『ちぎれた鎖と光の切れ端』

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/13

ちぎれた鎖と光の切れ端
ちぎれた鎖と光の切れ端』(荒木あかね/講談社)

 高校時代からの仲間が集まって、夏休みを一緒に過ごすことにした無人島の貸切コテージ。宿泊客を運ぶ送迎の船以外に外界と遮断された島で、「友だち」だったはずの彼らが何者かに次々に殺されていく。設定を聞いて、アガサ・クリスティーの名作『そして誰もいなくなった』を思い出すミステリー好きもいるかもしれない。これは『此の世の果ての殺人』で第68回江戸川乱歩賞受賞を史上最年少、選考委員満場一致で受賞した荒木あかねさんの最新作『ちぎれた鎖と光の切れ端』(講談社)の第一幕。「Z世代のアガサ・クリスティー」と称される彼女が受賞後はじめて描く連鎖殺人は、クリスティーより凄惨で、より哀しい。

 2020年8月4日、熊本県の天草から渡る孤島、徒島(あだしま)にある海上コテージを8人の男女が訪れる。メンバーは高校時代からの先輩・後輩を中心にした仲間に、後から仲間入りした樋藤清嗣(ひとうきよつぐ)。実は彼らに対して「先輩の仇」という激しい憎しみを抱く樋藤は計画的に彼らに近づき、この旅の間に自分以外の仲間を全員殺して自殺するつもりで密かにヒ素をもちこんでいた。しかし、計画を実行する間際になってその殺意は鈍り始める。本当にこいつらは殺されるほどひどいやつらなのか…樋藤が逡巡していると、なんと滞在初日の夜に参加者の一人が舌を切り取られた死体となって発見される。衝撃がおさまらぬうちに、たてつづけに起きる第二第三の殺人。殺されるのは決まって「前の殺人の第一発見者」であり、遺体からは「舌」が切り取られていた。

 恐怖に支配されたこの「惨劇」だけでもホラーサスペンス的な読み応えがたっぷりだが、あくまでも本書においてこれは第一部(正直、読みながら「え?まだ半分?」と驚いた)。続く惨劇の序章にすぎず、第二部ではまるで徒島の事件をなぞるような連鎖殺人が大阪で起きるのだ。偶然にも「3人目の第一発見者」となってしまった天草出身の大阪市の清掃職員・横島真莉愛を吹田署の刑事・新田如子(いくこ)、瀬名環が警護することになるが、頭がキレるのに女性ということで警察内では評価されにくい如子の状況に憤った真莉愛は、如子と力をあわせて故郷・天草で起きた事件との関連を探ることにする。シスターフッドの甲斐あって次第につながる点と点、そして事件は大きく動く。

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「謎解き」の面白さだけでなく、凄惨な事件の背後にある人間ドラマも濃い。親や家族、土地、因習、先輩後輩…さまざまな人間関係の「鎖」に縛られ、身動きがとれない苦しみ。逃れるためには、血を流してでも鎖を断ち切らなければいけないのか――そんな昏い激情は、かつて真莉愛も抱いたものだった。だが彼女が謎解きを通じて知ったのは、人と人は縛り合うのではなく、心を寄せあえば温もりが得られるということ。そこには「再生」という希望も宿るのだ。

 それにしてもこの読み応え、さすが「Z世代のアガサ・クリスティー」!昨年のミステリーランキングを席巻したあらたな才能の今後に、ますます期待が高まるのは間違いない。

文=荒井理恵

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