白色に見えるサワラ、実は「赤身魚」? 思い込みを排除し、正しい情報を伝える校閲記者のコラム集はドラマだらけ

文芸・カルチャー

更新日:2023/10/20

校閲至極
校閲至極』(毎日新聞校閲センター/毎日新聞出版)

 人には思い込みというものがある。思い込んでいるのだから、なかなか誤りに気付けない。しかし、情報を広く発信する新聞などのメディアは、思い込みで誤情報を拡散するわけにはいかない。

 新聞には「校閲」という部門があり、記者から上がってきた原稿をチェックする。『校閲至極』(毎日新聞校閲センター/毎日新聞出版)は、毎日新聞校閲センターの校閲記者たちによるコラムを74編収めた本。校閲記者たちの苦労や楽しさ、校閲を通じて得た気付きなど、読者である私たちがなかなか知ることのない興味深い本音が綴られている。

 例えば、春や秋に美味しいサワラ(鰆)だが、毎日新聞校閲センターの校閲記者は、こんな原稿に出会ったことがあるという。

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「サワラは白身の焼き魚として好まれ…」。この校閲記者は、焼いたサワラのふっくら白い身を想像しながら、校閲記者の仕事として、この原稿に誤りがないかさっそく調べた。校閲記者の敵は思い込みである。

 調べてみると、農林水産省のサイトで、サワラはなんと「赤身魚」であるという記述を見つけた。赤身の魚といえばマグロ。サワラとマグロは全く違う色に見える不思議から、校閲記者はさらに深く調べる。すると、ミオグロビンという赤いたんぱく質の含量によって、赤身魚と白身魚との分けられることがわかった、という。つまり、サワラはマグロほどではないが、ミオグロビンの含量が基準を満たしているため、赤身魚である、ということだろう。

 この校閲記者は、白身魚と赤身魚の違いに言及している。白身魚は移動範囲が狭い短距離ランナー型で、白い筋肉は瞬間的に力を使うのが得意であり、赤身魚は長距離ランナー型で、いわばマラソンを得意とする性質をもつ、と述べている。サワラはマグロと同じく広く海を回遊する。この性質から肉の成分はマグロに近いと分類される。

 さらに、校閲記者は赤身、白身の違いを校閲の仕事にもたとえているのが面白い。この校閲記者が務める新聞校閲は、新聞が毎日発行される性質のため、白身魚のように「瞬発力で勝負する」筋肉を使う仕事であり、ある程度制作に時間をかける書籍校閲は赤身魚のように「長く走り続ける」筋肉を使う仕事、という違いがあるそうだ。コラムの締めは、「原稿の海で校閲筋を鍛えていきたい」として、笑いを誘っている。

 誤字脱字や言葉の誤用等だけでなく、じつに広い視野で内容にまで踏み込み、正しい情報を伝える校閲という仕事。黒子ともいえる校閲者の、知られざる本音が垣間見える本だ。読めば、私たちが当たり前のように消費している情報一つひとつの貴重さに、思いを馳せられるかもしれない。

文=ルートつつみ (@root223

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