音声×小説!“どんでん返し”の天才・道尾秀介が生み出す「読んで聞いて謎を解く」全く新しい能動的ミステリー

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/11/22

きこえる
きこえる』(道尾秀介/講談社)

 衝撃が直接耳に届いた時、どうにか絶叫を堪えた。未だかつてないほどの悪寒。戦慄。指先の文字から広がる物語と耳元から聞こえてきた音声は、私たちに今までにない読書体験を味わわせてくれる。——そんな作品が『きこえる』(道尾秀介/講談社)。直木賞作家・道尾秀介が「小説を体験できるものにしたい」と生み出した「耳を使って体験する」ミステリーだ。

「耳を使って体験」とはどういうことなのか。それは、この本では小説を読み進めていくと、作中のさまざまなタイミングで「2次元コード」が登場し、そのコードを読み取り、音声を再生することで、新たな事実が分かる仕組みになっているのだ。本書には5作の短編が収められているが、たとえば、第一話「聞こえる」の主人公は、小さなライブハウスを経営する関ヶ原良美。ある日、同居してきた駆け出しのシンガー・ソングライター・夕紀乃を突然喪った彼女は、遺品を整理していた時、夕紀乃が残したデモテープを見つける。それを再生すると、良美は夕紀乃の存在をすぐ近くに感じた。作中に登場する「2次元コード」では、その「デモテープ」を聴くことができるのだが、文字だけでなく、「音」でも味わう世界は、なんという臨場感なのだろう。私たちはもはや単なる読者ではない。ひとりの登場人物として物語の中に入り込み、夕紀乃や良美の身に何が起きたのか、その真相を追うことになる。小説と音声が掛け合わさることで、作品の世界は驚くほど立体化し、私たちの身体を搦め取ってしまう。

 家庭に問題を抱える少女の家の「生活音」。何十年ぶりに再会した2人の男の「秘密の会話」。夫婦仲に悩む女性が親友に託した「最後の証拠」。古い納屋から見つかった「カセットテープ」。——その他にも、私たちは、物語とともに、さまざまな「音」を耳にする。それらはとことん不穏。私たちの心をこれでもかというほど、ザワつかせてくる。それも、この作品を生み出したのが、張り巡らされた伏線と叙述トリックで読者を騙し抜く「どんでん返し」ミステリーの天才・道尾秀介というところが鍵だ。この本に収められた作品はどれも、文字だけを追っていたのではなかなか真相には辿りつかない。むしろ、小説を読み終えた時には、何が起きたのか理解が追いつかず、落ち着かない気分にさせられるだろう。だが、慌てて最後の「音」を再生して初めて「……あ」と気づく。あまりの事実に言葉を失う。思い込んでいた状況がくるりと反転したり、気づけなかった事実に気付かされたり。一体どこで読み違えていたのだろう。何を見逃していたのだろう。二度読み、三度読み必須。「そういうことだったのか」と全身が震える。

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 どんなホラー小説よりも強く恐怖を感じる。とてつもないゾクゾク感。冷や汗が止まらない。それは、この作品が、未だかつてなく、読む者を能動的にするミステリーであり、全く新しい「謎解き」の体験型エンターテインメントであるせいだろう。小説の中に登場する「音」は私たちに真相を明示するわけではない。私たちの耳がその音を聞き、自ら推理しなければならない。自分で脳を動かしているからこそ、物語の中のひとりの登場人物として強く感情を揺さぶられるのだ。「謎解き」が好きという人はもちろんのこと、普段小説を読まない人もこの作品には圧倒されるのではないか。物語と音声がかけ合わさったまったく新しい小説に、あなたも打ちのめされてほしい。

文=アサトーミナミ

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