“心の運転マニュアル本“『ブッタとシッタカブッタ』が、30年経っても色褪せない理由

マンガ

公開日:2023/11/23

ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ』上下巻(小泉吉宏/KADOKAWA)

 どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。どうして自分はこんな性格で、こんなにも不幸なんだろう。悩める1匹のぶたが恋に一喜一憂し、自分を責めたりちょっぴり調子に乗ったりしながら心のありようを学んでいくマンガ『ブッタとシッタカブッタ』(小泉吉宏/KADOKAWA)。誕生から30年、老若男女に親しまれ、専門家にも支持されて平成初期に一躍ブームとなった。そして、シリーズ累計200万部を突破した同作の新作が12年ぶりに刊行された。その名も『ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ』(上下巻)だ。

 時を経てもシッタカブッタは変わらない。あいかわらず、ちょっとしたことでくよくよして、この世の終わりみたいに思いつめたりもするけど、すぐに忘れてケロッとしていたりもする。そんなシッタカブッタを見守るのが道案内役のブッタである。

「いろいろと悩みがつきないんです」というシッタカブッタに「悩みのもとの大半は思い込みだよ」とブッタは言い、「では悩みの根本的な原因はボクにあるというのですか?」と返されれば「その『ボク』も思い込みだよ」と言う。はて? と思う人もいるだろう。でも少しだけ、日常をふりかえってみてほしい。多くの人たちは、物事を事実ではなく感情ベースで判断している。好きな人に優しくされて嬉しかった。大したことないと思っていた奴が思いのほか出世してムカつく。優しさだと思っていたのはただの気まぐれかもしれないし、侮っていただけで最初からすごい人だったのかもしれないのに、私たちは自分の目に見えるものを信じすぎて、ふりまわされて、いちいち傷ついたりする。

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ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
(上巻P40より)

 不思議なのは、それなのに、いちばん不確かに思える他人のまなざしに、自分がそれ以上に依存してしまったりすることである。

ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
(上巻P46より)

ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
(上巻P48より)

 誰かからもらう「いいね」「すごいね」が麻薬のように響いて、もっともっと欲しくなってしまうのは、自分に自信がないからだ。必要以上にいばりちらしたり、何かを妄信してしまったりするのは、怖いからだ。思い込みを全部取っ払った世界は、ものすごく、よるべがない。

 ブッタの言うとおり、思い込みのかたまりにすぎない自分を突きつけられて、どう生きればいいのかわからなくなる。だから私たちは、自分をごまかして、ほんの少し生きやすくするために感情の力を借りているはずなのに、いつのまにか感情に振り回されて、どん底に落ちてしまったりする。それがいけない、のではない。私たちは感情的な生きものなのだから、それをうまく使って、ちょっとでもラクな道を選ぶためにどうすればいいのか、どう切り替えていけばいいのかを、本書は教えてくれるのである。

ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
(上巻P116より)

 そのために私たちは、自分の心の中だけでなく、全体を見とおす力、社会のしくみを知って考える力を手に入れなくてはいけない。刊行当初の30年前とは、世の中もずいぶん変わった。なんでも手に入る分、落とし穴も増えたし、社会は豊かになったはずなのに、不景気でみんなギスギスしている。SNSが広まって、他人と比較する機会も増えた。

 本書は、以前のシリーズに比べて、自分以外の人の状況がクリアに見えすぎるようになった今、どうすれば「自分」というものを保てるのか、自分と「違う」人のことをどう受け止めたらいいのかを、より深く指南してくれる一冊となっている。

 選択肢の多い現代で、思考を放棄したくなる気持ちはみんな同じだ。贅沢なもので、選べないときは選びたくなるし、なんでもいいよと言われたら「決めてよ」と言いたくなる。

ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
(下巻P30より)

ブッタとシッタカブッタ いのちのオマケ
(下巻P54より)

 時世をあらわした「全体を見ないブタ その1」や「省エネルギー」でも、どんなにしんどくても、自分の命を大事にできるのは自分だけで、心の内側を覗けるのも、自分だけ。ついつい易きに流されてしまう、シッタカブッタや他のブタたちをユーモラスに描きながら、ふと今を見つめ直すヒントをくれる本書を著者は「心の運転マニュアル本」だと言う。読んで、何をつかみとるかもまた、あなた次第である。

文=立花もも

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