妻が余命宣告され保護犬を飼った家族。殺処分寸前だった保護犬との暮らしと闘病の1095日

暮らし

更新日:2024/1/18

妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした
妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』(小林孝延/風鳴舎)

 もし、家族が末期がんで余命宣告をされたら……。想像したくはないけれど、それは誰にでも起こりえることで、いざそうなったときに生活や家族の関係は一変するだろう。一致団結して闘病中の家族を支えるべきだとわかっていても、漠然とした不安やお互いへの不満、未来への焦りで、家族の心がバラバラになってしまうかもしれない。

 編集者の小林孝延さんは、末期がんの妻の闘病中、病状の悪化につれて家族が会話をしなくなり、家庭内が最悪の状態になってしまったという。残された限りある時間を家族で前向きに使いたいのに、それができないことにジレンマを感じる日々。

 途方に暮れて友人に相談をすると「犬を家族に迎えてみたら? 犬を飼うと毎日が絶対楽しくなるはず」とアドバイスをもらう。最初は「こんな大変な状況のときに犬?」と感じた小林さんだが、縁あって保護犬を家族の一員として迎え、それをきっかけにぎくしゃくしていた家族の関係が変わっていくことになる。

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 そんな小林さんと家族、そして保護犬・福の1,095日の物語を書いたのが、『妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』(小林孝延/風鳴舎)だ。

「縁」によって家族になった動物

 本書は小林さんが、末期がんの妻・薫さんと、2人の子どもたち、そして殺処分寸前だった元保護犬・福との日々の暮らしを投稿したInstagram(@takanobu_koba)から生まれた。

 妻が余命6か月と宣言されてから犬を飼い、ボロボロだった小林さんとバラバラだった家族に笑顔が戻った話は反響を呼び、多くのテレビ番組やラジオ、雑誌に取り上げられた。

 薫さんが亡くなるまでの日々を丁寧に振り返って書かれた本書は、「もっと妻と、妻の病気に向き合うことができたはずだ」という小林さんの後悔や悩みも含め、リアルな家族の物語が描かれている。文章に添えられた家族の写真と、さまざまな表情の福の写真に心を揺さぶられずにはいられない。

 経験がないゆえに想像するしかないが、末期がんの闘病は、終わりの見えない苦しみの連続だろう。回復が見込まれる病気なら、苦しみの先にある目標を家族で共有して、ともに立ち向かっていくこともできるかもしれない。しかし、決して治らないのに抗がん剤治療と激しい副作用に耐える患者と、その家族の苦しさはいかばかりだろう。

 出口のない真っ暗なトンネルを手探りで進むしかなかった小林家に、不思議な縁によって保護犬の福が家族に加わったことで、一条の光が差し始める。

犬であろうと猫であろうと、人は動物を飼おうとするとき「縁」ということばをよく口にする。「縁」とは偶然なのか必然なのか。「縁」とはいったいなんだろう。偶然もたらされたタイミングと、それを「縁」と直感するための状況の必然性。この両方がぴたっとパズルのピースのようにはまったとき、人はそれを縁と感じるのではないだろうか。

 私自身も保護猫を3匹飼っている。1匹めは猫を飼いたい意志があって里親募集サイトを介して保護猫を譲り受けたが、2匹めは近所の人から「うちの庭で野良猫が赤ちゃんを産んでしまって、もらい手を探している」と相談され、3匹めはガリガリに痩せ細った子猫がわが家のウッドデッキに居ついてしまったという「縁」で飼うことになった。

 それから何年も経ち、今となっては3匹の猫がいなかった生活は思い出せないほどだ。1匹めを飼い始めたときに小学校低学年だった娘たちは、いまや大学生。彼女たちの人生の半分以上は猫とともにある。振り返ってみると、娘が思春期で親子関係がぎくしゃくしたとき、家族の関係をつなぎとめていてくれたのは猫たちの存在だったかもしれない。

「今この瞬間を生きる」ということ

 事実や情報を正確に伝える話し方を「レポートトーク」というのに対して、親密な雰囲気や共感関係をつくりだすために情緒に働きかける話し方は「ラポールトーク」といわれる。家の中に犬や猫がいると、家族の会話がレポートトークからラポールトークになっていくような気がする。

「福ちゃんかわいいねー、かわいいねー」と言いながらブラッシングをし、「よかったねえ、福ちゃんがんばったねえ」と言って福の鼻の頭に自分の鼻をこすりつける薫さん。人間と人間が対面するのとは違う、共感を指向し合う関係は、場の空気をゆるりと変えていく。

 福はとても臆病な犬で、小林家になじむのに時間はかかったけれど、「福の心が柔らかく溶けていくのと歩調を合わせるように、僕たち家族のぎくしゃくとしていた関係もまた氷が溶けるようにやわらぎ始めた」と小林さんは記す。

僕たち家族はもう一度我が家に笑顔を取り戻すために保護犬を飼うという選択をした。一匹の犬の命を救うことで実は救われたのは僕たち家族だった。福が来てから自然に家族の心がひとつになった。未来への不安も忘れさせてくれた。そしてなによりも、今、この瞬間を生きる!ということを教えてくれる福は先生でもあった。

 人間は、過去のできごとに対する後悔や未来への不安にとらわれやすい。しかし、人間とは生きるスピードが異なる動物は、「過去」や「未来」ではなく、確かに存在する「現在」に目線を合わせる大切さを教えてくれる。

 末期がん患者の妻を看取った物語と聞くとシリアスすぎて手に取るのをためらってしまう人もいるかもしれない。しかし、読んだ後は温かい気持ちに包まれ、「今このとき」を大切に生きようと思える。さまざまな表情を見せてくれる福の写真はかわいらしく、犬好きな人にもおすすめしたい。

文=ayan

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