猫のマスターと極上スイーツが悩める人々の背中を押す珈琲店。眠れない夜にあなたを癒す優しい物語

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/12/7

満月珈琲店の星詠み
満月珈琲店の星詠み~秋の夜長と月夜のお茶会~』(望月麻衣:著、桜田千尋:画/文藝春秋)

 2020年に刊行された『満月珈琲店の星詠み』。星遣いの猫たちが営む「満月珈琲店」を訪れる人々を描く物語は、すべての悩める読者の心に寄り添ってきた。そんなシリーズの第5弾が、本書『満月珈琲店の星詠み~秋の夜長と月夜のお茶会~』(望月麻衣:著、桜田千尋:画/文藝春秋)だ。

 物語の中心にいるのは、人生に躓いたさまざまな年代の人々。彼らは満月の夜にオープンする不思議なトレーラーカフェ「満月珈琲店」へと導かれる。そして、三毛猫のマスターや店員の猫たちが、極上のスイーツと占星術による星からのメッセージで、迷える人をもてなしていく。

 本書収録の3編の主人公は、長年ふたり暮らしをしてきた母を看取ったばかりの女性、体が弱く岩手の祖父母の家で療養する少年、そして、活発な妹へ複雑な思いを抱える女子大生だ。

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 この3人に共通するのは、自分の心に蓋をしていること。家族に対する深い思いがこじれて本当の気持ちを見失っている人たちだ。たとえば、45歳の百花は、子どもの頃に父が家を出て以来、母が望む自分になろうと努力を重ねてきたが、母が亡くなり無気力な日々を過ごしていた。体が弱い小学生の総悟は、自分のことで苦しむ両親に申し訳なさを抱えて生きている。女子大生の果歩は、仲の良かった妹の沙耶との関係が変化していく中で妹の彼氏と意気投合し――。

 3人とも、愛情が溢れるがゆえに、自分自身が揺らぎ、生きるのがつらい状況に陥っている。家族や身近な人の存在が自分の中で肥大化した結果、心が荒んでしまう経験は誰にでもあるのではないだろうか。だからこそ、そんな3人の悩みは読者の共感を呼ぶはずだ。

「満月珈琲店」は、そんな彼らの問題の解決に手を貸してくれるわけではない。占星術が伝える星からのメッセージと、それぞれの悩みに寄り添ったスイーツが、彼らの心をほぐすだけだ。しかし気持ちに正直になれた人々は、「自分」という確かな武器を手に入れて、力強く一歩を踏み出していく。そんな姿に、さまざまな悩みの根源は自分の中にあること、自分の心と向き合うことの大切さを感じて胸が熱くなる。

 そして、占星術が描かれてきた本シリーズの中でも、「惑星年齢域」がテーマになっているのが本書の特徴だ。惑星年齢域とは、10の惑星を、人間の年齢と発達段階に重ねる考え方のこと。たとえば8~15歳の「水星期」は、心を育て自分の土台を作る幼少期の「月」の時期を経て、コミュニケーション能力や知性を伸ばす年代。46~55歳の「木星期」は、人生や自分を受容し、拡大する時期だという。この物語が伝える惑星年齢域に基づくメッセージから、すべての年代の読者が自分の年齢ならではの気付きや学びを得られるはずだ。

 著者の望月麻衣氏は、占星術に加えて「読書」を本書のテーマにしたという。3編の物語には宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』やミヒャエル・エンデの『モモ』、そして東野圭吾氏や森絵都氏などの代表作まで、さまざまな名作が登場する。本好きがよく知るこれらの物語が、登場人物の悩みやストーリーと重なり、時に胸を高鳴らせ、時に切ない気持ちにさせる。猫好きやスイーツ好きはもちろん、読書家にも静かな夜にじっくりと楽しんでほしい小説だ。

文=川辺美希

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