「中学受験は夫婦の受験」――中受をきっかけに離婚へ向かう夫婦のリアルを描くセミ・フィクション『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』

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公開日:2023/12/7

中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス
中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』(おおたとしまさ/集英社)

 ここ数年、中学受験熱が過熱し続けている。首都圏の受験率は過去最高を年々記録。この過熱状況では、子どもだけではなく親にも負担やプレッシャーが増すのは必然だろう。実はそんな状況を反映してか、近頃は「中受離婚」なんて不吉な言葉も耳にするようになっている。「中受離婚」とは文字通り、中学受験をきっかけに夫婦間のすれ違いが明らかになり、最悪は「離婚」にまでいたってしまう夫婦のクライシスのことだ。

 教育ジャーナリストのおおたとしまささんの新刊『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』(集英社)は、そんな中受離婚のリアルにせまるセミ・フィクション。中学受験に関わる3人の当事者―夫・妻・子―に取材し、それぞれの目線で「中学受験~夫婦破綻」について聞いた内容をベースにして実話風に編まれたものだ。もちろん取材対象者が誰なのか特定できないよう配慮されているが、学校名などはイニシャルで語られており(ex.W学院、T輪)、模試の結果だったり、偏差値があがらなかったりするのに一喜一憂するという中学受験の細部の感触はかなりリアルで、思わず引き込まれてしまう。

 たとえば「夫」の項に登場するのは、息子・ムギトの中学受験対策に熱心に取り組んだ穂高さんだ。最初はあまり中学受験に乗り気ではなかった穂高さんだが、成績があがらないムギトを感情的に叱責する妻・杏の姿に我慢できずに、「合格から逆算し受験をプロジェクト化」して積極的に息子の指導にのめり込むようになっていく。少しずつ結果が出て達成感を得る穂高さんに対し、「教育のベースを作ってきたのは私なのに…」と杏は若干白けた思いを抱くようになり――。

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 いまどきは穂高さんのように率先して中学受験に熱中する父親も少なくないので、もしかすると穂高さんが抱えたすれ違い状況にハッとしたご家庭もあるかもしれない。ここで注目すべきは、穂高さんが抱えたすれ違いはなにも中学受験を機にはじまったものではなく、それ以前から薄々あったものだということ。つまり「それまでの夫婦のあり方」が中学受験によってあぶり出された面があるわけだ。著者のおおたさんは「中学受験は夫婦の受験」と言うが、まさに中学受験は「ここをどう乗り越えるか」と夫婦が試される時なのかもしれない。

 ちなみに本書のうれしいポイントは、それぞれの事例のあとに心理カウンセラーとしての経験も持つ著者による「解説」がついていることだろう。なぜこんな不協和音が起きてしまうのか、そうならないためにはどうすべきか――各ケースを分析しつつ、問題点を一般化して「不幸を回避するためのヒント」を示してくれる。当事者のストーリーに思うところがありすぎてヒヤリとした方も、この解説がきっと救いになるに違いない。

 それにしても日々新しいことに直面する子育てはバトルの連続で、いつのまにか「夫婦のすれ違い」が溜まってしまうのはある意味仕方のないことなのかも。ただ、こうした本でクライシスをあらかじめ知れば、中学受験は夫婦関係の「総点検」くらいに思えてくるかもしれない。いずれにせよ中学受験にトライするお子さんはまだ弱冠12歳だ。親がクールダウンすることで救われる面は大いにあることだろう。

文=荒井理恵

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