華のない昭和のプロレスラーに転生した男がプロレス史を変える!? コミック『転生したら昭和中堅レスラーだった件』

マンガ

公開日:2023/12/6

転生したら昭和中堅レスラーだった件
転生したら昭和中堅レスラーだった件』(徳光康之/ぶんか社)

 あなたは転生できたとしたらどうなりたいだろうか? 何を成し遂げたいだろうか?

 小説、マンガ、アニメで一大ジャンルになった「転生もの」。多くの設定は、転生前の知識を持ったまま異世界などに転生し、チート能力も身につけた状態で別の人間として活躍する、というものだ。

 本稿で紹介する「転生もの」は、狂気のプロレスコミック『転生したら昭和中堅レスラーだった件』(徳光康之/ぶんか社)。昭和から令和までのプロレスを追いかけてきた、いちファンの男が不慮の事故で死亡し、過去に自分が見てきたプロレスラーのひとりに転生するというストーリーである。

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 本作は、架空世界のプロレスファンが架空のプロレスラーになる物語であり、現実のプロレスファンの願望を描いた物語でもある。プロレスラーという“超人”になる。できれば有名レスラーたちとプロレスができれば最高だ。先に書いておくと本作には、プロレスファンならば思わずニヤリとする名前のレスラーたちが続々と登場してくる。「憧れのレスラーに転生して憧れのレスラーと戦う」期待は高まり、ワクワクが止まらない。だがページをめくると私たちの望みは一度、打ち砕かれる。

 なぜなら主人公が転生したのは“ケンゴ”こと“木対建五”だったからだ。

転生したら“ケンゴ”だった! 昭和中堅レスラーが、未来のプロレス知識で昭和のリングを席巻?

 ケンゴこと木対建五は、プロレスが大ブームになっていた昭和の時代に「いぶし銀でもない、地味で冴えない中堅」という印象のプロレスラーであった。本稿のライターはプロレスファンだが、現実にいた似た名前のプロレスラーのケンゴも、決め技の“稲妻レッグラリアット”も大好きだ。いやこれはフォローなどではないが。

 何はともあれ、ケンゴに転生した男は、ケンゴが所属している団体・新口本(しんくちほん)プロレスの道場にいること、そして時代が昭和だと気づく。過去に転生していたのだ。そこには転生前、彼が見てきた綺羅星のようなレスラーたちがひしめいていた。

 そのなかのひとり、関節技の鬼と呼ばれたレスラー・筋藁(すじわら)にケンゴはスパーリングを挑まれる。問答無用でかかってきた筋藁に対し、ケンゴはブラジルの「グレイミー柔術」という格闘技の「グレイミータックル」というテクニックで、筋藁に馬乗りになり有利なポジションをとっていた。令和までのプロレスと格闘技の知識を持つケンゴは、念じればその通りの技やテクニックを出すことができたのだ。これが本作のチート能力か。

 なお昭和の時代、日本で「グレイミー柔術」を知る人間はほぼいないはずだった。このスパーリングを見ていたのが左山サトル(ひだりやまさとる)だ。新口本プロレスの若手有望株で、プロレス史上最高クラスの天才である。左山は虎のマスクマン(レスラー)“ティグレマスク”としてデビューするために海外から帰国してきたのだ。ケンゴは転生してきた今日は“昭和56年4月23日”だと理解した。彼が知る歴史では、ティグレマスクはこのデビュー戦で、実力者として知られるダイナマッド・キュドと衝撃の試合を繰り広げるはずだ。そこで驚異の身体能力と技のキレで観客を魅了し、日本中にティグレマスクブームを巻き起こすのだ。

 左山は「ケンゴさんはなぜグレイミー柔術を知っているのか」と声を掛けてきた。そして彼は当日の会場である蔵前国技館の控え室でケンゴにこう告げた「今から虎のマスクをかぶってティグレマスクをやりませんか」。

 ありえない、とケンゴは思った。ティグレマスクは天才・左山だから成立するからだ。しかし、こうも考えた「先ほどのグレイミータックルのように、自分の見てきたレスラーの動きや技は出せるのでは」と。

 ケンゴはイメージすると、ティグレマスクの得意な空中殺法や、ハイキックを出すことができた。満足げにほほ笑む左山の真意は分からないが、ケンゴは虎のマスクをかぶり、リングに上がる。彼はケンゴとして、そしてティグレマスクとして、プロレスをやりきろうと決意する。

プロレス史を変える! 熱狂的プロレスファンは虎のマスクマンの夢を見るか?

 主人公の男はプロレスファンだ。それも熱狂的だ。だからティグレマスクになった。その目的は愛する新口本プロレスに冬の時代をこさせないためだ。

 転生前の彼は、大好きだった新口本プロレスに絶望しかけていた。昭和にヤントニオ猪本やティグレマスクが活躍した新口本プロレスの大ブームは、令和の時代にはもはや見る影もなかったからだ。その凋落のきっかけになったのが、ティグレマスクこと左山の離脱であった。左山ではなくケンゴがティグレマスクになれば、のちに左山がいなくなっても、ティグレマスクの人気と新口本プロレスブームは続くかもしれない。新口本プロレス冬の時代を阻止できるかもしれないのだ。

 さて、本作はケンゴが虎のマスクマンになって活躍して「めでたしめでたし」ではない。ティグレマスクとダイナマッド・キュドに乱入してきたレスラーがいた。それは誰あろう左山であった。彼の正体と真意が明らかになったとき、この荒唐無稽なプロレスファンの物語は大きく転換し、新たな展開を見せるのだ。さらにアブドーダ・ザ・ブュチャーやスタソ・ハソセソという、トップレスラーも登場し、ケンゴの前に立ちはだかる。

 現実のレスラーのキャラクター設定やエピソード、プロレス界で起こった事件などが惜しげもなく盛り込まれている物語は驚くほど厚みがある。それはまるで昭和の“新日本プロレス”の選手層くらい分厚いのだ。

 華のなかった昭和中堅レスラーは虎のマスクをかぶり、プロレスの歴史を変えるため「イナズマ!」と叫びリングに立ち続ける。ゴングは鳴ったばかりだ。プロレスファンにはぜひこの1巻を読んで、一緒にケンゴコールをしてもらいたい。「えーケンゴはちょっと……」などと言わずに。

文=古林恭

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