目指すのは日本一の成人向け漫画家! クリエイター心を大いにくすぐる、健康的な漫画家マンガ『エロチカの星』

マンガ

公開日:2023/12/19

『エロチカの星』
エロチカの星』(前野温泉/講談社)

 漫画家を目指し、あるいは漫画家として漫画を描く、いわゆる「漫画家マンガ」にまたひとつ傑作が生まれた。主人公は作画を受け持つ男と、原作を受け持つ女。彼らはやるからには日本一の漫画家を目指すという。ただしそれは「成人向け漫画のNo.1」である。

エロチカの星』(前野温泉/講談社)は、漫画家を夢見るも挫折続きの遠藤円と、彼の前に突如現れた謎の美少女・蘭川よすががコンビを組んで成人向け漫画を描く、“全年齢向け”の作品だ。なぜこのような言い方をしたかというと、成人向け漫画が軸となっているにもかかわらず本作はいたって健康的で、“ラッキースケベ”的な描写すらほとんどないからだ。はっきり言って少年漫画雑誌に掲載されている作品よりも少ないかもしれない。どちらかといえば、大人なのに純情すぎるラブコメ展開が魅力のひとつである。ただ本作は「漫画家マンガ」だ。ゆえに最も注目なのは、クリエイターとしての悩みや成長の描写である。

 天才だが純情すぎる女と、絵は上手いが漫画家未満でくすぶっていた三十男が出会うところから物語は始まる。

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目指すのは日本一の成人向け漫画家

 遠藤円は、アルバイトをしながら漫画の持ち込みを続ける日々を送っていた。ある日、編集者に作品をこっぴどく酷評されて落ち込み、泥酔していた遠藤を介抱したのが、蘭川よすがだった。彼女は道で酔い潰れていた遠藤をラブホテルに連れ込む。

 そこで、吐いて汚れた服を洗っている間に彼の漫画原稿を読んだよすがは開口一番「面白いとは言えない」「お前の漫画はほとんどクソだ」などと言い放つ。ショックを受ける遠藤によすがは続ける。「このヒロインは良いと思う」「キャラデザが良い、特にヒロインが魅力的で絵が上手い」緩急で褒められ照れる彼に、よすがは結論を言う。

私が原作お前が作画
私と組んで漫画を描こう
私と一緒にエロ漫画を描こう

 困惑する遠藤に、よすがは彼の原稿を成人向けに描きなおすプロットを語る。彼女の有無を言わさない圧力に負けた遠藤は言われるがまま、その場でネームを切った。よすがは満足げにそれを読んだ。

 よすがは文藝新人賞に入選した経歴もある大学生で、原作者として自信満々であった。彼女の目標は、日本一の発行部数を誇る成人向け漫画雑誌「桃源郷」でNo.1になることだという。遠藤は戸惑いつつも、彼女とコンビを組むことを決める。彼は自分の漫画を読んで笑顔になってくれたよすがを見て、自分がなぜ漫画を描き始めたのか、そして描いてきたのかを思い出したからだ。

 ふたりは「えんえんら」(遠藤の“えん”と円の“えん”に蘭川の“ら”)というペンネームで作品を描き始める。ただこのチャレンジは簡単ではなかった。遠藤は絵が上手いものの「濡れ場がエロくない」とよすがに詰められ、さらに「お前が好きな“Hなもの”を教えろ」とまで言われてしまう。

 実は遠藤は成人向け漫画を読んだことがなかったのだ。そんな彼が参考にしたのが、よすががオススメする「桃源郷」の看板作家・おんもらきの作品だった。遠藤はいい意味で興奮した。シンプルに面白かったからだ。

 そして彼が“自分の好む要素”を入れ込んだ漫画を描きあげたとき、ふたりの成人向け漫画家としての道が開かれる。完成した作品をインターネットの投稿サイトにアップし、よすがの大学の漫画研究会で同人誌を作り、そしてついに「桃源郷」の編集者にも見せるのだった。彼らはデビューできるのか。単行本を出し、えんえんらの名を成人向け漫画界に轟かせることはできるか?

“成人向け”の奥深さを語る、よすがが始めた物語

 ここで「なぜ成人向けなのか」と疑問に思う人がいるかもしれないが、逆に問いたい。「なぜ成人向けではいけないのか」と。その答えは“成人向け漫画の無限の可能性”である。そして、よすがの言葉を借りると「性を描写した作品は昔からあり価値を認められている」「性は人間の営みから切り離せない存在」だからだ。

 濡れ場さえあれば、人の数だけあるどんな欲望も作品にしていいのが成人向け漫画で、シリアスでもバトルでもコメディでもホラーでもテーマに制約はない。「これほど懐の深いジャンルはない」とよすがは力説するのだった。

 ただ注意すべきは濡れ場の描写が上っ面ではダメということだ。読者に評価されないし、No.1成人向け漫画家にはなれない。絵が上手いだけではダメというのが奥深いところで、前述のように遠藤が最初にダメ出しされたのがまさにこれだ。そこに彼の性への思いが不足していたのだ。

作者のフェティシズムを伝えたいという強い意志が匂い立つように感じられた

 これはよすがが初めて成人向け漫画を読んだときの感想だ。もともとエロティックなものに興味をもっていた彼女は、インスピレーションを強く刺激され、こんな感動と興奮を与える作品を作りたいと思うようになった。そして遠藤を見つけたのだ。最初は相棒だったふたりの関係の変化にも注目してほしい。

「漫画家マンガ」にはつきもののライバル作家と対決し、クセが強すぎる編集者と対峙し、えんえんらは成人向けのまんが道を歩いていく。その道を照らす、No.1作家という星にふたりはたどり着けるのか、ぜひ注目してもらいたい。

文=古林恭

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