〈うまいもん食べよるときに笑わんと表情筋がもったいないわ〉。見る角度によって変化する豪華な装幀の失恋や日常の歌を楽しむ
更新日:2024/2/1
こんなに豪華で繊細な歌集を初めて見た。
山階基の第二歌集『夜を着こなせたなら』(短歌研究社)は、その本の作りからして特別感がある歌集である。装幀は名久井直子、表紙の装画は高山燦基が担当。箔押し加工を施したコスモテック社のnote(https://note.com/cosmotech/n/n5220b39b1c5d』)によると、表紙はつやつや、つるつるのグロスPP加工に、「トラストカラー箔」(見る角度によってピンクからグリーンへと光彩が変化するメタリック箔)が使用されている。
発売に先立ち書影が公開されてから、その表紙の絢爛さに注目が集まっていたが、中身もキラキラと輝く粒揃いの短歌ばかりだ。山階の歌は「大きなこと」は言わない。日常にある、ともすれば見落としてしまうような、ちいさな風景から歌がつくられている。
『夜を着こなせたなら』は、三章に分けられ、二十の連作から成る。このような歌から始まる。
頬に雨あたりはじめる風のなか生きているのに慣れるのはいつ
初句五音「頬に雨」で、いったん切れる(一泊置かれる)ことの効果は、読者も経験したことがあるであろう「あっ、雨だ」と気づく瞬間の想起だ。結句「慣れるのは/いつ」の二音が切ない。
食パンの焦げたところを削るにはこそばゆい音たてるほかなく
「そうだよね」と頷いてしまいそうになる一首だ。皿の上か、シンクの上かで、フォークか何かで削っているのであろう。絶対に皆したことがある、当たり前の、だからこそ歌にはしなかった風景が、こんなにも新鮮に提示されている。
本書には恋の連作がある。ただの恋ではない。恋を失っていく様を描写した連作だ。いくつか紹介しよう。
恋人は恋人でなくなりながらおちゃらけている写真の浜辺
写真の浜辺。おちゃらけているのは写真になった過去なのだ。
失恋を話しだしたらはりせんを構えるような顔をするばか
しかし、その隣にあるのが
うまいもん食べよるときに笑わんと表情筋がもったいないわ
である。恋にベタりと執着せず、どこか放っているような感覚がする。いやしかし、「放っておかないと、いられない」ような失恋もあるのだ、と思い出す。
本書の最後の連作にはこのような歌がある。
また冷めた牛乳をあたためなおすこれはわたしの日記ではない
梅雨晴れにゆるくかわいていたシャツは汗ばむように夜更けを揺れる
山階の歌は、読者も経験したことのある普通の日常を詠んでいるはずなのに、それを俯瞰で再提示してくる。食事を共にしているときに写真を撮られ、翌日にそれを送ってくる友人のように。我々の生活は特別なのだ。生きて暮らすということは、よく観察してみれば、確かに。
文=高松霞
レビューカテゴリーの最新記事
今月のダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチ 2024年6月号 武将・今村翔吾と歴史時代小説/鳴り止まぬ!ラノベ狂想曲
特集1 群雄割拠の小説界で名乗りを上げろ! 武将・今村翔吾と歴史時代小説/特集2 『境界のメロディ』発売!ライトノベルの世界に浸りたい 鳴り止まぬ!ラノベ狂想曲 他...
2024年5月7日発売 価格 850円
人気記事
-
1
-
2
-
3
-
4
-
5
人気記事をもっとみる
新着記事
今日のオススメ
-
レビュー
鈴木亮平があまりにもハマり役すぎる実写版『シティーハンター』。予備知識なしでも楽しめるアクション映画
-
レビュー
「万能鑑定士Q」「高校事変」の著者、松岡圭祐のビブリオミステリー小説のコミカライズ! 新人ラノベ作家が巻き込まれる盗作騒動の真相は?
-
レビュー
夏休み、田舎、そして可愛い従妹! ニヤニヤが止まらないシチュエーションでおくる、ニコニコ漫画2023年年間ランキング第10位のカントリーラブコメ『いとこのこ』がついにコミックス化!
-
レビュー
不運な探偵が天使&悪魔コンビと難事件に挑む! 生き返るための条件は、死者の魂を「選別」すること
PR -
レビュー
学校のいじめをなくすための画期的な方法とは。絶対的監視システムとロボットによる連行で世界は変わるのか?
PR
電子書店コミック売上ランキング
-
Amazonコミック売上トップ3
Amazonランキングの続きはこちら -
楽天Koboコミック売上トップ3
楽天ランキングの続きはこちら