値段に「円」をつけないほうが注文されやすい? 人間の意思決定が環境に左右されていることを示す「行動経済学」が面白い
更新日:2024/2/23
いわゆるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が今最も着目している分野の一つ「行動経済学」。心理学と経済学をかけ合わせたその学問を修めた人材は、アメリカの大企業を中心に争奪戦が繰り広げられているといいます。本記事で紹介する『行動経済学が最強の学問である』(相良奈美/SBクリエイティブ)は、まだ新しい学問のため本質をつかむのが難しいといわれてきた同分野において、初めて体系化が図られた一冊です。
行動経済学は「人間は環境に左右されて意思決定し、状況に影響されて行動している」という前提に立って物事を考えます。そのため、伝統的な経済学で言われているように、人間は主体性を持って常に合理的な意思決定をするとは考えません。むしろ、人間というのは非合理な選択をするもので主体性はあやふやなものだと考えます。
「自分らしくない行動をしてしまった」とか、「なんで選択肢Aじゃなく、Bを選んでしまったのか」と後から思うことはありませんか?
それは、私たちは「自分で主体的に判断している」のではなく、周りの状況に「判断させられている」ことの表れなのです。だからこそ、このことを知らずにいると、「非合理な意思決定」をしてしまうのです。つまり、ほんのちょっとした「状況」の変化で私たちの意思決定は変わります。
いかに消費者にリーチして、行動に移らせるか。現代社会では、人の注目を集めることが「通貨」に等しいほどの価値を持っています。そのため、人の「認知のクセ」を把握した上でのアプローチを可能にする行動経済学が、今求められているのです。
アメリカのある実験では、メニューの値段表記に「$」をつけず数字のみで表示したグループとそうでないグループの購買行動を比較したところ、「$」をつけないほうが「お金を使っている感じ」がしない傾向があることが明らかになったといいます。
結果、Bのメニューを受け取ったお客さんのほうが大幅に消費額が増大しました。
「$」という表示がないことで、頭では金額とわかっていますが、「お金を払う」という行動が心理的に響かず、簡単にお金を使ってしまったのです。日本でも外資系ホテルや高級レストランでは、「2000円」とせず「2000」というように、算用数字のみのメニューを置いているところがあります。
こうした様々な心理効果がマーケティングに転用された結果、私たちがネット上でよく見かける工夫が生まれたといいます。例えば、元の金額にわざわざ二重線が引かれていて、割引された金額が表示されるスタイル。課金を求めるサービス提供やメールマガジンの配信を希望するチェックボックスにチェックがはじめからついている(解除するのに手間がいる)ことで、そのチェックを付けたまま手続きを進める人がいるだろうことを狙った工夫。前者は船のいかりを意味する「アンカリング」、後者は初期設定を意味する「デフォルト」と呼ばれる心理効果を応用しています。
ただ、日本人にはまだ少ない行動経済学博士課程修了者である著者は、「企業は消費者を騙しているので、十分気をつけたほうがいい」ということだけを言うために本書を書いているわけではありません。著者は世の中の仕組みを見抜いた上で、より快くスムーズなコミュニケーションが実現することを望んでいます。例えば、子どもに手伝いをお願いするときに「手伝って」と言うのではなく、「お手伝いは皿洗いにする? 洗濯物干しにする?」というように「手伝う」ということを前提にすることで、頼む側の心労の軽減と頼まれる側が受け取る依頼内容の明確化が図られ、コミュニケーションの摩擦を減らすことができるということも紹介されています。「初の体系化」がされたばかりの行動経済学の世界を、本書を通じて覗いてみてはいかがでしょうか。
文=神保慶政
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