世界で600万部超の痛快小説が遂に日本上陸! 1960年代のアメリカで女性化学者が男社会に立ち向かう!

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PR更新日:2024/1/16

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『化学の授業をはじめます。』(ボニー・ガルマス:著、鈴木美朋:訳/文藝春秋)

化学の授業をはじめます。』(ボニー・ガルマス:著、鈴木美朋:訳/文藝春秋)は化学のノンフィクションや伝記ではなく、小説である。作品の舞台は1950~60年代のアメリカ、主人公はエリザベス・ゾット、圧倒的に男性優位な時代に化学者であろうと努力を続けている女性だ。そしてタイトルにある「化学の授業」というのは、エリザベスが出演するテレビの料理番組「午後六時に夕食を(Supper At Six)」に関係している。

 本書の原題は『Lessons In Chemistry』で、2022年4月にアメリカとイギリスで出版されてベストセラーとなり、その後各国語に翻訳され、全世界での発行部数は600万部を超えているという。それだけでも驚きなのだが、なんと著者のボニー・ガルマス氏のデビュー作というからさらにビックリだ。さらに本作はアップルTV+で、2015年公開の映画『ルーム』でアカデミー賞主演女優賞を獲得したブリー・ラーソン主演でドラマ化され、こちらも人気を集めているという。

 エリザベスは髪をHBの鉛筆で留め、白衣を身に着けて調理を始める。「料理は化学」というスタンスで、イオン結合、共有結合、水素結合という3つの化学結合を学ぶことでケーキを膨らませ、塩は塩化ナトリウム、胡椒をピペリンと呼び、肉を焼く際はH2O(水)がなくなったバターで焼くといった化学の知識で調理を進めていく。人に媚びない歯に衣着せぬ物言いと、冷静沈着なエリザベスの凛とした態度、放送開始から起きる様々な衝突と事件、そして何よりも出来上がった料理が美味しく、さらに視聴者である女性たちを勇気づけることによって全米で人気を集める番組となり、エリザベスもスターとなる。

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 しかしエリザベスはあくまでも化学者である(料理番組への出演は、エリザベスの娘・マッドに関係する出来事から発生した副産物である)。物語は番組出演の前にエリザベスが勤務していたヘイスティングス研究所のこと、そして同僚で将来のノーベル賞候補と言われる天才化学者キャルヴィン・エヴァンスとの出会いへと遡っていく。

 エリザベスの人生はかなりハードモードだ。毒親に育てられ、大好きだった兄を自殺で失い、博士号を取ろうと行った大学でレイプ被害に遭い、その犯人である教授と男性優位社会によって事件をもみ消され、前途を絶たれてしまう。やがて研究所で働きだすが、博士号を持っていないこと、女性であることなどで差別を受け、化学者への道を何度も阻まれる。そんな中、キャルヴィンとの出会いは僥倖となるが、それも束の間のことだった(キャルヴィンの人生もかなりのハードモードだ)。

 エリザベスを陥れようとするどうしようもないクソ野郎ども(そうとしか言いようがない連中なのだ!)が跋扈する20世紀の中頃が舞台ではあるが、物語は現代の様々な問題とリンクしている。そして自らのアイデンティティを他人に売り渡すことを良しとしないエリザベスと、彼女を取り巻く魅力的な登場人物たち──天才的な娘のマッド、忠実で人の言葉を理解する飼い犬シックス=サーティ(妙な名前の由来は本書でご確認を)、ちょっとおせっかいな向かいの家に住む主婦ハリエット、「午後六時に夕食を」のプロデューサーであるウォルターらの行く末が気になって、500ページ超の長編だが一気に読めてしまう。またエリザベスとキャルヴィンの出会いをよくご記憶いただくと後々ニヤリとする場面があるので、どうぞお楽しみに。

 人生における“ケミストリー”を描いたビタースウィートな小説は、読んだあなたを必ずやエンパワーメントしてくれる。読後は実に爽快な気分であった。

文=成田全(ナリタタモツ)

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