森見登美彦 最新作は“異世界ホームズ譚”。大スランプに陥るシャーロック・ホームズに爆笑必至、困惑不可避!

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/1/31

シャーロック・ホームズの凱旋
シャーロック・ホームズの凱旋』(森見登美彦/中央公論新社)

「名探偵」といえば、シャーロック・ホームズ。ロンドンはベーカー街で暮らすこの名探偵の名を知らない者はいないだろう。助手・ワトソンが伝えるその活躍は、あまりにも有名だ。彼ほど、頭脳明晰、推理力抜群の探偵は他にいるはずはない。その事実は間違いないのだが……。

シャーロック・ホームズの凱旋』(森見登美彦/中央公論新社)では、なんとあのシャーロック・ホームズが、大スランプに陥ってしまう。……という内容なのだが、それにしたって、何だか様子が変!? というのも、著者は、『夜は短し歩けよ乙女』や『‎四畳半神話大系』で知られる、森見登美彦さんなのだ。この本では、森見ワールドが炸裂しまくっている。たとえば、この物語の舞台は、ロンドンではなく、「ヴィクトリア朝京都」。なるほど、京都を舞台とした数々の作品を描いてきた森見さんならではだ。何度も「え!?」と驚かされ、笑わされ、困惑させられてしまう。とてつもない吸引力にあふれた物語は、ホームズファンも、森見ファンも、必見だ。

 元軍医の助手・ワトソンが伝えたホームズ譚によって、洛中洛外にその名を轟かせた名探偵、シャーロック・ホームズ。ホームズに押し寄せた依頼人たちは、彼の住まう寺町通221Bの門前に市をなし、それはまるで祇園祭のような賑やかさで、彼に関わるすべての人たちは浮かれに浮かれていた。だが、ホームズは「赤毛連盟事件」で大失敗をしてからというもの、大スランプに陥ってしまう。すると、ワトソンはホームズの活躍を描くことができないし、ホームズに頼ってばかりいたレストレード警部も全然事件が解決できなくなった。この1年間、ホームズは迷走してばかり。周囲の人たちはどうにかホームズがスランプから脱してくれないものかと困り果てている。

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 そんなあらすじを知るだけでも、ホームズファンならば、吹き出さずにはいられないだろう。こんな最高の悪ふざけが他にあるだろうか。ホームズは「天から与えられた才能はどこへ消えた」と嘆き、部屋に「スランプ脱出祈願」の達磨を飾り、毎日弁財天に祈願しながらも、「僕は『自分自身』という難事件に取り組んでいる」のだと、どこか達観(?)。毎日何の依頼も受けず、家に引きこもってはグータラと毎日を過ごしている。

 ワトソンも、相棒として、友人として、医師として、ホームズを苦境から救いだすべく、青竹踏み健康法から漢方薬、滝行、有馬温泉へ湯治など、思いつくことは片端から試みてきたというが、それも、何ひとつ効果はなかったらしい。「いやいや、ホームズはんにしろ、ワトソンはんにしろ、何してはりますの……」そんなツッコミを入れたくなったのは私だけではないはずだ。

 だが、そんな日々は少しずつ変わり始める。ある日、ホームズが酒呑童子の歯軋りのような下手くそなヴァイオリンを弾いていると、すぐ上の部屋から著名な物理学者・モリアーティ教授が怒鳴り込んできた。また別の日には、ホームズの暮らす部屋の向かいに、元舞台女優のアイリーン・アドラーが引っ越してきたらしい。ホームズファンならば、「あれ、この人たちって原作では確か……」と思って当然。これからどんな展開が巻き起こるのか。続きが気になって気になってたまらず、自然とページをめくる手が加速してしまう。

 だが、何が起こるか、全く予想できないのが、森見作品だ。「ヴィクトリア朝京都」の心霊主義ブームを牽引する霊媒。ホームズが忘れられないでいる12年前の失踪事件。長い歴史を持つ旧家の館のあまりにも奇妙な部屋……。やがて物語は壮大さを増し、登場人物たちを、そして、私たちを怒涛の勢いで飲み込んでいく。一体、ここでは何が起きているのか。前半は抱腹絶倒で読み進めていたはずなのに、後半、覗いてはいけない深淵を覗き見てしまったという確信と動揺が私たちに襲いかかる。目まぐるしく変わるその風景には度肝を抜かされっぱなしだ。

 爆笑必至、困惑不可避。愉快で、恐ろしく、不思議な世界に、きっとあなたも惹き込まれ、抜け出せなくなってしまうこと間違いなし。シャーロック・ホームズの物語と、森見ワールドの掛け合わせは、痛快無比。あなたも、どこかおかしいホームズたちの大冒険をどうか見届けてほしい。

文=アサトーミナミ

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