モンスターパニック×不可能犯罪! 半人半獣の怪物が突如出現した世界。人は、政治家は、一体、どうする?

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/15

ミノタウロス現象
ミノタウロス現象』(潮谷験/KADOKAWA)

 コロナ禍を経験した今、もはや何が起きてもおかしくはないような気がしている。「未知の感染症が世界を変えてしまう」だなんて、夢物語だと思っていたのに、そんなことが現実になってしまったのだから、どんなSF的展開も、現実に起こり得るような気がしてしまう。だからこそ、空想が膨らむ。たとえば、この世界に、見たことのない怪物が出現したとしたら、どうなるだろうか。それも1体ではない。とてつもない数現れるのだとしたら、私たちは何を思い、どう対処していくのだろうか。

ミノタウロス現象』(潮谷験/KADOKAWA)では、そんなモンスターパニックが描き出されている。作者は『スイッチ 悪意の実験』『時空犯』で話題の潮谷験。その物語には妙なリアリティがある。前代未聞の怪物の出現と、明らかになる対処法。だんだんと失われていく緊張感と、それでもじわじわと人々の神経を蝕み続ける、「いつ怪物が現れるか分からない」というプレッシャー……。だが、それだけではない。この物語ではモンスターパニックと同時に巻き起こる不可能犯罪も描き出しているから、スリルは倍増。パニックものとミステリーの掛け合わせ、さらに、怪物が生まれた謎の究明は、私たちを未知の世界へと連れ出してくれる。

 時は2026年。京都府の南方、眉原市で活躍する、史上最年少の女性市長・利根川翼がこの物語の主人公だ。就任2年目を迎えた彼女は、全世界を騒がせている、怪物への対策に悩まされていた。その怪物は体長3メートル超えで半人半獣、まるで、神話に登場する化け物のような、牛頭が特徴で、神出鬼没。いつどこでどのように出現するのか分からないが、昨年、オーストラリアで初めて出現して以来、全世界で毎日のように目撃され、世界を混乱させている。だが、この怪物は案外弱い。ゴジラのような、警察や自警団ではどうにもならないような超巨大な化け物だったなら、地方都市の市長に出る幕はないだろう。しかし、この怪物は数発、銃弾を打ち込めばすぐに倒せるが、油断すると死傷者を出してしまうレベル。だからこそ、市町村レベルでも対策を強いられ、それが翼の悩みの種だった。

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 そんなある日、眉原市にも牛頭の怪物が出現する。それは翼の目の前。そして、翼の背後にはひとりの少年が恐怖で震えていた。どうにかそのピンチを乗り越えた翼だったが、それと同時に市議会議員の「異様な死体」が発見される。どうして牛頭の怪物が出現したこのタイミングで殺人事件が起きたのか。もしかして犯人は怪物を出現させる方法を知っているのではないか。容疑者の一人になってしまった翼は、自身の疑惑を晴らすため、牛頭の怪獣が生まれた秘密を独自に捜査するのだが……。

 意外なストーリー展開に驚かされっぱなし。怪物の出現に続いて、殺人事件が起きたかと思えば、その謎解きでは、ギリシア神話のミノタウロス伝説や、クレタ島にかつて存在したとされる広大な迷宮についてまで話が及ぶ。どのように怪獣は生まれたのか。神話学や歴史学、建築学をひもとくようなその内容は知的好奇心をくすぐってやまない。

 それに、登場人物がみんな厄介なのだ。市議会の最大会派の代表議員にしろ、京都府警の警視長にしろ、何だか老獪。翼がアドバイスを求めた研究者も、意地が悪い。誰もが胸のうちに何か秘めているように思えてならないのだが、一体、誰を信じればいいのか。悪賢い、怪物以上に怪物じみた人物たちを相手に、翼はどう立ち向かっていくのか、その戦いから目が離せなくなってしまう。

 人は力を手にした時、それをどう使うかで真価が問われるのかもしれない。この物語を読んでいると、ふと、そんなことを思う。この物語には、怪物の出現の秘密を知った者がいれば、怪物に対抗する実体験をもとに多くの支持を集めた者だっている。市長になった翼だって、市長として、ある種の権力を持った人間だろう。この街にあるややこしく厄介な色々をぶっ飛ばしてやろうと意気込んでいる彼女は、市長として、この事態にどう対応し、どう決着をつけるのか。そして、もし、自分が翼の立場ならどう動くだろうか——そんな想像が止まらなくなる、この「モンスターパニック」と「不可能犯罪」の掛け合わせを、是非ともあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ

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