東野圭吾・元マジシャンが探偵役の「ブラック・ショーマン」シリーズ第二弾。罠を仕掛ける探偵×嘘のつけない姪のコンビが良すぎる

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/5

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち
ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』(光文社)

 かつてサムライ・ゼンと呼ばれた元マジシャンの神尾武史が探偵役を務める東野圭吾の「ブラック・ショーマン」シリーズ(光文社)。第二弾となる『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は、事件を通じて人生を切り開いていく強さを手にする女たちの姿を描いた短編集である。

 アプリ婚活で出会った男の資産を探る女が訪れたのは「トラップハンド」。武史がマスターを務めるバーである。直訳すれば「罠の手」だが、マジックを披露することはない。かわりに卓越した観察眼で客の秘密を手中におさめ、困り事にはさり気なく手を差し伸べ、必要とあらばお灸を据える。その行動のモチベーションは、個人的な興味と利得、面倒事を避けるためのリスクヘッジで、正義の味方というには腹黒いところもあるけれど、陰のあるダークヒーローに人は魅了されてしまうものである。

 誰に対しても一定の距離をとる武史が、『〜名もなき町の殺人』で再会した姪の真世にはなんだかんだ言って甘く、クールに突き放しているようで押し負けることが多いのも魅力の一つだろう。本作では『〜名もなき町の殺人』で殺されてしまった真世の父で武史の兄との関係も回想を通じて垣間見えるのもよかった。

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 個人的に好きだったのは「想像人を宿す女」。建築士である真世の客から持ち込まれた事案である。亡き息子の元妻が、明らかに別の男の子どもを宿しているのに、法律を盾にとって財産をぶんどろうとする……という、一見悪どい話。その裏側に何が隠されているのか武史が明らかにしていくのだが、短い話のなかにこれほど複雑な人間関係を描き、驚きと切なさを与えてくれるなんて、さすがとしか言いようがない。

 亡き夫の莫大な財産を相続した女をめぐる「リノベの女」もよかった。偽者だと糾弾される女の過去に潜んだ家族の物語は切なさを越えて胸が痛く、やるせない。決して後味がいいとは言い切れないその物語のあとに「続・リノベの女」が描かれ、ほんの少し、ほっとした気持ちになった。

 自分あるいは大切な人を守るためであっても、女たちがつく嘘は時に大事なものを見失わせ、さらなる厄介事を招く。武史にできるのはその嘘を取っ払い、事実を明らかにすることだけだ。そこから先、どうしたって逃れられない現実に向き合うのは当事者である女たちの役目。武史にきっかけをもらった彼女たちは、肚を据えて自分の人生を背負う覚悟を決めるのである。

 なりゆきとはいえ、武史が女たちを放っておけないのは、いまだ明かされない過去や、それに似た後悔を抱えているからだろうか。……というのは深読みのし過ぎかもしれないが、お人好しで嘘の苦手な真世が、どんな事件に遭遇しても根っこの純真さを失わず、目の前にいる人たちにひたむきに向き合う姿は読者にとっての癒しであり、だからこそ武史も真世を突き放せないのかもしれないなあ、などと思う。

 店にも言動にも巧みな罠を仕掛ける武史と、お人好しで嘘の苦手な真世。正反対の叔父・姪が織りなすバディシリーズ、今後も楽しみである。

文=立花もも

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