本屋大賞ノミネート『レーエンデ国物語』は壮大な革命の物語。支配される者たちの残酷な運命と、それを切り開く革命に心打たれる

文芸・カルチャー

更新日:2024/2/26

レーエンデ国物語
レーエンデ国物語』(講談社)

“革命の話をしよう。
歴史のうねりの中に生まれ、信念のために戦った者達の
夢を描き、未来を信じて死んでいった者達の
革命の話をしよう。”

 全3作まで発表されている多崎礼氏による『レーエンデ国物語』(講談社)は、すべてこの冒頭文からはじまる。いつの時代も、革命の多くは「自由」と「人権」を求めて蜂起する。本書で描かれる物語もまた、例外ではない。“夢を描き、未来を信じて死んでいった者達”は、革命そのものではなく、革命の先にある未来に手を伸ばした。人としての尊厳を取り戻すために命をかける。その不条理を美談とせず、救われなかったものはありのままに、残された希望の種は包み込むように描ききる本作は、「大人のための王道ファンタジー」として名高い。

 物語の舞台は、聖イジョルニ帝国の中心に位置するレーエンデ地方。深い山々に囲まれたレーエンデは、この世ならざるものが棲み、この世ならざることが起きる不思議な土地だ。1作目の『レーエンデ国物語』で活躍するのは、レーエンデ地方に隣接するシュライヴァ州の英雄、ヘクトル・シュライヴァ。ヘクトルは、レーエンデ特有の風土病である「銀呪病」の根治を願い、治療に必要な医師の移動経路を確保するためレーエンデへと赴いた。ヘクトルの娘・ユリアは、生まれもったしがらみから逃れるため、渋る父を説き伏せて共に旅路に就く。親子の旅は困難を極めるが、元傭兵で弓の名手であるトリスタン・ドゥ・エルウィンが命がけで二人を守る。3人が育む絆は、不器用だが温かい。

 ヘクトルの真の目的は、北方7州の独立であった。聖イジョルニ帝国は法王庁の監視下にあり、北方7州は軽んじられ重い税を課せられていた。強きが弱きを虐げる国ではなく、誰もが平等に生きられる新しい国を作る。そんなヘクトルの志は、この一言に集約されている。

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“たとえ世界中の人間が『不可能だ』と叫んでも、俺が諦める理由にはならない。俺が可能だと信じる限り、立ち止まる理由はないんだ”

 ヘクトルの志は、続編にも連綿と受け継がれている。2作目『レーエンデ国物語 月と太陽』は、聖イジョルニ暦656年からはじまる。本作の主人公は、幼少期に家族を失ったルチアーノ・ダンブロシオ・ヴァレッティと、ダール村出身の少女テッサ・ダール。ルチアーノは名家の第2子だったが、身を守るためルーチェと名を偽り、テッサが住むダール村で新たな人生を歩む。

 テッサは生まれつき怪力の天恵を授かり、重い槍斧を振り回せるほどの剛腕であった。テッサ本人はその力を嫌っていたが、ルーチェから「テッサは特別な力を持っている」と肯定されたのを機に、自分の力を活かす術を考えるようになる。その後、村の危機を救うためテッサは友人達と共に戦場へと旅立つが、その先で彼女を待ち受けていたのは、あまりに過酷な運命だった。

“支配されることに慣れちゃいけない。生まれた瞬間から最期の息を引き取るまで、あたし達の人生はあたし達のものだ。命も矜持も魂も、すべてあたし達自身のものだ。”

 テッサが語ったこの言葉は、至極まっとうなものだ。しかし、この言葉を人々に染み込ませるのは途方もなく難しい。ルーチェとテッサ、彼らの仲間達は、革命のために多くの犠牲を払い、次世代につながる小さな種を残した。小さな種は強風により散り散りに飛ばされ、表向きは見えなくなった。だが、水面下で密かに語り継がれてきた革命の歴史は、3作目『レーエンデ国物語 喝采か沈黙か』で一気に花開く。

 3作目の物語のはじまりは、聖イジョルニ暦775年。前作よりおよそ100年の時を経た世界では、帝国にとって不都合な真実は捻じ曲げられ、英雄の姿は消し去られていた。しかし、本来の歴史を取り戻すべく、「戦以外の方法」で時代の流れを変えようと試みた者達がいる。

 本作で革命家として描かれるのは、レーエンデの俳優にして男娼のアーロウ・ランベールと、実力派の劇作家であるリーアン・ランベール。リーアンはアーロウの双子の兄で、二人の見た目は瓜二つだ。劇作家としての才能を天から授かったリーアンに対し、アーロウは卑屈な感情を抱いていた。だが、二人は確執を乗り越え、「戯曲」を通して市井の人々の心に灯りをともす決意をする。

 真の歴史を探るため、各地に散らばった史実の欠片を拾い集める旅に出た二人は、「知られざる者」と名乗る人物に出会う。謎多き人物が語る歴史は、兄弟の想像を遥かに超えるものだった。苦悩と葛藤に苛まれながらも、リーアンはテッサ達の革命の歴史を戯曲にするべく執筆に没頭する。

“喝采か沈黙か。決めるのは俺じゃねぇ。芝居を観た観客達だ”

 リーアンの覚悟がうかがえる一言は、この壮大な物語を創り上げた著者本人の覚悟とも見て取れる。本作の第4弾『レーエンデ国物語 夜明け前』は、2024年4月17日(水)に発売が予定されている。ランベール兄弟を継ぐ革命家は誰なのか。骨太のストーリーもあわせて、続編への期待が膨らむ。

文=碧月はる

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