自分の息子がテロリストに志願したらどうしますか? 警視庁公安部のエリート刑事が家族や職場での立場を失う中で見つけたものとは?

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/2/24

テロリストの家
テロリストの家』(中山七里/双葉社)

 ミステリー作家、中山七里の『テロリストの家』が文庫化して刊行された。2009年、『さよならドビュッシー』で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞してデビュー。『護られなかった者たちへ』(宝島社文庫)、『連続殺人鬼カエル男』(宝島社文庫)などで知られる多作な作家である。

 テロリストがいたのだ、自分の家に。主人公は警視庁公安部のエリート刑事、幣原。イスラム国関連の極秘捜査を担っていたが、突然担当を外されてしまう。自身の息子がイスラム国、つまりテロリストに志願したという疑いで逮捕されたのだ。うろたえる妻と娘、騒ぎ立てるメディア、居場所がなくなっていく職場。……なぜ息子はテロリストに志願したのか? それが本書の最大のミステリーだ。

 きちんと書いておかなければならない。本書はミステリーであるが、家族の物語でもある。まず妻の由里子との関係から綴られる幣原の「家族」は、なんの問題もない、普通の家庭だ。専業主婦である由里子と、朝から悪口を言い続ける大学生の秀樹、高校生の可奈絵。そこには家族で囲む賑やかな食卓があった。

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“「ご馳走様」幣原は手を合わせて席を立つ。どれほど忙しい朝であろうと日常の挨拶だけは省略しない。接する時間が限られた父親として、最低限の躾だけは省きたくなかった。”
「見知らぬ同僚」

 ややぶっきらぼうだが、夫として、父親として、幣原は幣原なりに自身の家族を大切にしている。以下は、同じように家族で夕飯を囲んでいた時の秀樹のセリフである。

“「でも、テロリストにも言い分があるんだろう」
 何を思ったのか、秀樹はとんでもないことを口にし始めた。
 「政治的にも経済的にも虐げられて、その結果暴力でしか立ち向かう手段がなくなったんだろ。だったら、テロリストを作ったのは、今標的にされている国と政府じゃないか。それを一方的にテロリストだけ犯罪者扱いするってのはな」”
「見知らぬ同僚」

 幣原が秀樹のその言葉に反論しようとした時、インターフォンが鳴り、逮捕状を持った同僚が来た。「幣原秀樹、君を私戦予備及び陰謀罪容疑で逮捕する」手錠をかけられ、有無を言わさずに連れて行かれてしまった息子。突然のことに癇癪を起こす妻、絶叫する娘。官舎を取り囲むメディア関係者。嬉々として報道するワイドショー。幣原に向かって、「公安部の刑事だったんだって? お兄を売ったんでしょ」と言い放ち部屋にこもる娘。

 秀樹は2日ほどで処分保留が決定し、釈放された。自宅で「監視」する日々が始まる。〈「答えろ。イスラム国にシンパを抱いたのか。お前にそんな思想を吹き込んだのは、どこの誰だ」〉しかし秀樹は一切、何も、語らない。どこか天真爛漫だった妻は暗く思い詰めるようになり、娘は祖母の家にやってそのままだ。職場では自宅待機が命じられ、それが明けても窓際に追いやられてしまう。家族も、仕事も、それまで築き上げてきた全てを幣原は失っていく。自分の息子は、なぜ「テロリスト」に志願したのか?

 それは物語の中盤を過ぎたあたりから、ある出来事によって明かされていく。冒頭からそこまでに登場する人物たちを巻き込み、急速に回収されていく複数の伏線。読者の私たちが抱える「なぜ」が、畳み掛けるように解き明かされる。一般の私たちでさえ、家族のことを全て知っているわけではない。小さな「なぜ」を遠目で観察しながら、家族というコミュニティを形成している。あなたの家にもテロリストがいるかもしれない。その時、あなたには何ができるだろうか。

文=高松霞

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