読めば読むほどホテルステイしたくなる! 漫画家・マキヒロチさんの『おひとりさまホテル』で描かれる「至福のリセット時間」

マンガ

公開日:2024/3/20

おひとりさまホテル
おひとりさまホテル』(まろ(おひとりさま。):原案、マキヒロチ:漫画/新潮社)

 おひとりさまだろうが、安定した暮らしをしていなかろうが、自分の責任で選択して満足しているはずのいまに、影を落としてくるのはたいてい”他人の目”と”常識的な価値観”である。マキヒロチさんのマンガ『おひとりさまホテル』(まろ(おひとりさま。) *:原案/新潮社)3巻の冒頭で、塩川史香(31歳)は既婚の友達2人から一斉攻撃を受ける。結婚した元恋人に心が揺らいでいる、とほんのちょっと漏らしただけで、「そーゆーとこほんっとダメ!」「昔からだけど色々考えてなさすぎだから!」とNISAやiDeCoをやっているのかという心配までされてしまうのだ。

 いわゆる「普通」の枠におさまりきれていないと感じている人たちにとって、「そんなんじゃだめ」という正論は、積み重ねてきた自信を一瞬でぐらつかせる鈍器みたいなもの。史香も思う。「ちゃんと未来をデザインしている人からしたら私たちをもどかしく思うのかもしれない」と。理解されない一抹のさみしさと、焦りや不安にのみこまれずに、自分をもちなおすためにもホテルステイは彼女にとって必要不可欠な時間なのである。そんなことが伝わってくる第1話の描写は、既刊3巻のなかでも、いちばん好きだったかもしれない。

 車を走らせ、三重県にある巨大リゾート施設「VISON(ヴィソン)」を訪れた史香は、1泊では味わいきれないその場所を1人で堪能する。食事もアクティビティも選び放題。優柔不断に迷いながらも全力で楽しむ彼女の〈選択したものが今日正解だったとしても明日はそうとかぎらない〉〈選んでは失敗してのくり返し きっと人生はそれでいいんだ〉という言葉が沁みた。

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おひとりさまホテル
©まろ マキヒロチ/新潮社

おひとりさまホテル
©まろ マキヒロチ/新潮社

 本作では、史香をはじめとする、ホテルづくりを生業にする会社に勤める同僚たちが主人公をつとめ、それぞれ異なる趣味とライフスタイルに基づき、ホテルステイを体験していく。3巻で初めて主人公となった、上司の持田は40歳。「本来の私じゃなくなっていくのが嫌」な彼女は、美容医療にも力を入れるし、1年前に離婚した原因も「幸せじゃない自分を見るのが嫌」だったから。けれど、元夫に新しい女の影が見えればぐらつくし、基本的にはさばけた性格だけど実はさみしがりや。日々のすべてを「好きな自分」で満たすことなんてできるはずもなく、ときおり、予定外のさみしさや空しさが襲ってくる日もあるからこそ、彼女にとっても、ひとりでホテルステイを味わう時間が必要だ。

 自分では扱いきれないネガティブな感情を、日々の暮らしだけで解消していくには限度がある。自分の家ではない、料理も掃除もしなくていい場所で、誰の目も気にせずのびのびと過ごして、自分を見つめ直してリセットする。どのホテルも、趣味嗜好はそれぞれ異なれど、誰もが快く過ごせる環境が設定されていて、その心遣いやセンスに触れることで、気づかされることもある。読めば読むほど、ホテルステイしたくなる本作。少しずつ変化していく人間模様にも注目しつつ、紹介されているホテルを訪れる自分を夢想する。その時間もまた、至福なのである。

*ひとり時間の楽しい過ごし方を提案するメディア「おひとりさま。(@ohitorigram)」編集長。WEB媒体で連載など執筆活動を行うほか、ホテルなどとコラボして、おひとりさま向けプランの企画・プロデュースも手掛ける。

(文・立花もも)

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