遊びにおいでと言いながら孫を邪険に扱う父。笑顔の陰で悪口を言う母。「実家に帰りたくない」私は間違っているの?

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更新日:2024/3/7

実家に帰りたくありません

 あなたは、自分の実家が好き? 嫌い? そう尋ねられて、純粋な100%の気持ちで「好き」だと答えられる人は、きっと思ったほど多くはないのかもしれない。正直な心情を吐露すれば「好きか嫌いかで言えば好き」程度の人、あるいは「本当は好きじゃないけど、嫌いだというと自分が良心の呵責を覚える、あるいは周囲に咎められるような気がする」という人。そんな価値観を持つ人は、実は思っているより大勢存在するのではないだろうか。


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実家に帰りたくありません』(イタコ/白泉社)で描かれるのはタイトルの通り、結婚・出産・子育てを経て次第に、大好きだった実家に帰りたくない…と葛藤を抱き始める1人の女性。当初はウェブメディア「kodomoe web」での連載作品だったが、「胸がざわつく」「自分のことかと思った」といった反響も大きく、累計350万PVという注目度の高さから書籍化に至った。

実家に帰りたくありません

 著者であり物語の主人公であるイタコさんはごく普通に結婚をし、1児の母となった。しかし次第に自分の夫や娘という、「新しい家族」への両親の干渉の仕方に違和感を覚え始める。昔から、親兄弟と「仲が良い」という自負はあった。よく家族で食事や旅行にも行ったし、結婚したいまも近況を報告し合う実家家族のライングループがある。

 それでも、「子どもと実家に遊びにおいで」という割に、孫の相手をするどころか邪険に扱う父。自分の前ではニコニコと笑顔のままなのに、いない所では盛大に悪口や愚痴を零す母。

 言動と行動が伴わず娘を振り回す両親の関わり方に過干渉を自覚し始め、徐々に距離を取り「新しい家族」や自分自身を大切にする生き方を選ぶ、というのが本作のあらすじだ。

実家に帰りたくありません

 自分が子どもの立ち位置で家族だったときの常識が、結婚し新たな家族を作ったとき、常識ではなかったと知る。

 自分がいかに狭い世界で生きていたのか気づく体験は、歳を重ねて大勢と関わるようになるほど誰しもが経験するものだ。

 中には、それが自身の根幹を揺るがすものになることもある。中には、それは普通じゃない、良い事じゃないと他人に指摘されることもある。

 これまでの自己の否定に繋がることを受け入れるのは、誰だって難しい。心の中で思っていたとしても、それを表に出せば周りにどう思われるか、という不安だってあるだろう。

実家に帰りたくありません

 仲良きことは美しきかな。この国でも、古い時代からいまに続く価値観のひとつだ。家族の仲の良さは美徳。自分を育ててくれ、老いていく両親を大事にしなければならない。そんな価値観が未だ根強く存在する世の中で、「実家に帰りたくない」「両親のことがあまり好きではなくなってきた」という思いは、まだまだ表には出し辛い。

 けれど、誰でもなく自分が自分の人生を幸せに生きるために。誰かの意志でなく、己の意志のみで「幸せにしたい」と思う人を幸せにするために。そんな価値観を持つことは間違いではないと、本作に肯定されたと感じた人もきっと多いのではないだろうか。

実家に帰りたくありません

 余談だが、既婚である筆者自身も「実家には帰りたくない」と思うタイプの人間だ。学生時代にあまりいい思い出がなく、実家に帰るとそれを思い出して憂鬱になるから、という理由がひとつ。加えて明確に「物理的に距離を取った方が親兄弟と仲良くいられる」という自覚を、実感として持っているからである。

 確かに血の繋がる人間だからこそ、実家にいた頃は似た者同士の喧嘩が絶えなかった。両親だけでなく、歳の近い妹たちとも多々衝突した。育ててくれた恩こそあれど、親の事を好きだと純度100%の気持ちで言えることなんて絶対になかった。

 だが地元を出て、特に結婚してからは、実の親兄弟と明確に喧嘩をしたことは1度もない。むしろ離れて暮らし始めてからの方がきちんと連絡を取るし、久々に顔を合わせるときも「短い時間だしせっかくなら楽しいものに」と、相手の嫌がる話を持ち出す暇もない。

実家に帰りたくありません

 離れたおかげで親兄弟との関係性が修復した。だからこそ私は「実家には帰りたくない」。中にはそんな人間もいる。

 一口に家族が「好き」「嫌い」でも、「実家に帰りたい」「実家に帰りたくない」人でも、細部はきっと人によって千差万別。大事なのは「ふうん、そんな考え方もあるのか」と、是非なくそれらを単純に受け止められるようになることなのだろう。

 実の親兄弟との悩みのみならず、様々な悩みの解決に通じる思考。「自分の意志で、大事にしたいと思うものを大事にする」価値観の気づきにも繋がる。本作はそんな作品でもある。

 その考え方を、大きな実感を伴って理解できたとき。きっといま抱えているもやもやとした気持ちも、少しすっきりできるのではないだろうか。

文=ネゴト / 曽我美なつめ

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