3日後に鵺に食われて死ぬ呪い? 家族に無能呼ばわりされて生贄にささげられた女の、復活ラブコメ小説

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/3/13

四国遍路の宿 道しるべ 呪われ花嫁は仮初めの愛を契る
四国遍路の宿 道しるべ 呪われ花嫁は仮初めの愛を契る』(田井ノエル/双葉社)

 自分には、何ができるのだろうか。そう考えれば考えるほど、私という存在がちっぽけに思える日がある。その感じる虚しさは、「こんな自分でも誰かに認めてもらいたい」という正反対の願望も連れてくるから厄介だ。

四国遍路の宿 道しるべ 呪われ花嫁は仮初めの愛を契る』(田井ノエル/双葉社)は言葉にしにくい、そんな気持ちを抱いた時に寄り添ってくれる、温かいライトノベルである。

 著者は、第6回ネット小説大賞を受賞。神様だけが訪れることができる温泉宿をテーマにした「道後温泉 湯築屋」シリーズ(双葉社)や源義経が現代に転生したら、という“もしも”を描いた「転生義経は静かに暮らしたい」シリーズ(KADOKAWA)など、ユニークな世界観の作品を多数、世に送り出してきた。

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 本作の舞台は、お遍路さんをもてなすお宿。封印師の家系に生まれるも、「無能」と家族に蔑まれてきた、ひとりの女性が癒しのお宿で幸せを見つける、ハートフルなラブコメだ。

 赤蔵六花は源氏の血を引き、平安の世から続く封印師の家に生まれた。赤蔵家の役目は源頼政によって射られ、眠りについた「鵺(ぬえ)」を監視すること。一族は結界を張って、鵺を封じ続けていた。

 だが、六花には結界を張る能力がなく、赤蔵家に伝わる術も何ひとつ使えない。対して、双子の妹・雪華は一族随一の神気を宿す天才であったため、六花は日々、家族から蔑まれ、無能扱いされていた。

 そんなある日、赤蔵家の力を守るため、なんと六花は母親によって鵺の生贄にされてしまう。絶望した六花は死を覚悟する…。しかし奇跡的になんとか生きながらえることができた。ただ、呪いをかけられ、3日後、鵺に命を奪われるという危機的な状況ではあった。

 怖くなった六花は雪の舞う山道をあてもなくフラフラ。すると、不思議な声に導かれ、お遍路さんをもてなすお宿「道しるべ」に辿りつく。出迎えてくれたのは、子狐の仲居や強力な神気を持つ美しい青年。

 この出会いを機に、六花の人生は大きく変化していくこととなる。なんと、青年・ロンはより強い契約を上書きして呪いを解くのだと、六花との結婚の契りを勝手に交わしてしまったのだ。

 人間を知りたかったから、ちょうどよかった。手始めに、君を溺愛してみようと思う。そう話すロンに戸惑いつつも、行くあてのない六花は「道しるべ」で働くことに。果たして、互いの利害が一致しただけの、この契約結婚の行方は…?

 六花に対するロンの言動は終始、甘々。「かわいい」と連呼し、ちょっぴりドSな発言もするロンに、読者もドキっとさせられてしまう。

 ただ、その一方でロンは人間の感情が分からず、頭で考えた適切な言動をしている節がある。ロンは一体、何者なのか。そして、なぜ六花と契約結婚をしてまでも人間を理解したいのか。ロンの過去を知り、その謎が明かされた時、あなたはこの物語をより愛しく感じることだろう。

 なお、本作にはロン以外にも、子狐の仲居・コマや食堂を切り盛りする妖の将崇など、個性豊かなキャラクターが続々と登場。「道しるべ」を訪れる客も河童や付喪神など、人間ではないからこそ、六花とのやりとりから目が離せない。

 彼らと真摯に向き合う中で、六花の心は揺れ動くこともある。「役立たずで無能」という家族から教え込まれた自己評価が抜けず、自分を認めてくれる妖たちの言葉をなかなか信じられないのだ。

 それでも、六花はロンたちの優しい言動に助けられながら、「強くなりたい」「この先は自分のために生きていきたい」と強く思い、自身を立てなおす。

 自分を愛してこそ、他人を愛せるようになるとはよく言われるが、誰かから愛され、認められたことで、初めて自分を愛せるようになることだってあるのだと、六花は教えてくれているように感じた。その気付きを得ると、日常の中で他者に向ける視線が少し優しいものになる気がする。

 人を愛するとは、自分を大切にするとは一体、どういうことなのか。そう考えさせてもくれる本作はときめきを得られるだけでなく、人間愛を学べもする一作。自分や他人を慈しむ余裕を失くしてしまった日にも手に取ってほしい。

文=古川諭香

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