夫から見下され、限界を感じても離婚に踏み切れない。過酷な世界に押し潰されそうになった時に現れたのは…!?

マンガ

公開日:2024/3/23

君の心に火がついて

 人間の心に灯る〈火〉を食べて生きる妖怪、焔(ほむら)。彼は、自分の気持ちを押し殺している人たちの胸に火が灯る瞬間、現れる。社内での見えない蓋に気づいた管理職女性、メイクの楽しさに目覚める少年、恋愛感情に違和感を抱く少女……。世間の「常識」になじめないがゆえ葛藤し、自分自身を見失いそうになっている彼らの火の行方は――。

君の心に火がついて

 自身の生活を綴ったコミックエッセイ『いってらっしゃいのその後で』、下着をフックとして主人公の成長を描く『ランジェリー・ブルース』と、作品を発表するごとに話題を呼んでいる注目の作家ツルリンゴスターさん。生活者の視点から様々な社会問題を見つめる姿勢が多くの人の共感を集めている。ストーリーマンガに初挑戦した『君の心に火がついて』(KADOKAWA)でも、その個性は遺憾なく発揮されている。


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 人ならざる存在である焔を見ることができるのは、この社会の中で同じように一人の人間として尊重されていない人だけだ。いや、正確に言うならば「普通ではない」「多数派ではない」人たち。社会のシステムからこぼれ落ちてしまったり、搾取される側にある人々だ。

君の心に火がついて

 たとえば第1話の主人公つむぎは、育児にも家事にも非協力的で、主婦である自分を見下す夫との夫婦関係に限界を感じている。離婚という言葉が頭をよぎりもするが、夫と別れた後の経済的な不安を思うと踏みだせない。自分さえ我慢していれば万事問題ない。現に、たくさんの主婦の人たちもこの絶望を受け入れているのだから――。

 自らにそう言い聞かせる彼女の頭の中に、焔にかけられた言葉が蘇る。

「考えるのをやめないで」

君の心に火がついて

 いったん心に疑問が浮かんだら、その疑問を大切にして。苦しくてもつらくても、疑問の原因が何なのか考え続けて、と。

 考えることは気づくことだ。自分を苦しめている“もの” の正体に気がついたら、おのずと対処法も見えてくる。だが、こうして言葉にするのは簡単だけど、実際に行動するのはものすごく大変だ。それでもなお焔は言うのだ。

「考えるのをやめないで」

君の心に火がついて

 つむぎの他にも、色々なつらさを抱えている人たちが登場する。アセクシャル、男女の格差、結婚、離婚、子どもを持つこと、持たないこと、ひとりで生きること諸々にまつわる偏見etc…。全8話の構成となっており、各話の登場人物たちがゆるやかにつながりつつ、それぞれにエピソードを展開する。

君の心に火がついて

君の心に火がついて

 興味深いのは、つむぎの夫に代表される「多数派である」人たち――すなわち、この社会で居心地のいいポジションにある男性たちの内面も描き込んでいる点だ。それも「男だって大変なんだよ」という座りのいい着地点に留まらず、快適な場所にいる者ほど、その快適さがいかにして成り立っているのか考えないようにしている……という、「多数派」の本音の部分にまで踏み込んでいる。

君の心に火がついて

 誰もが身に覚えのある苦しさや葛藤、言語化しづらいモヤモヤについて考えに考え抜き、物語というかたちに変換している作品だ。どの話でも、こうすればうまくいく、といった解決法は提示されない。つむぎたちはこの過酷な社会で、自分たちを削ろうとするものと格闘しながら生きていく。考え続け、苦しみ続け、心に火を灯し続けて。

 それこそが、絶望に対抗する唯一の方法なのだと思う。

文=皆川ちか

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