AI時代の子育てに必要なものとは? 意味ばかりを問い過ぎている現代社会で豊かに知性を育むための提案

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/24

こどもを野に放て!
こどもを野に放て!』(養老孟司、中村桂子、池澤夏樹、春山慶彦/集英社)

 日本の2023年の出生数は約75万人。8年連続で減少し、過去最少ということです。こうした状況で、これからの未来を担っていく子どもたちをどのように社会一体となって育てていけばよいのでしょうか。『こどもを野に放て!』(養老孟司、中村桂子、池澤夏樹、春山慶彦/集英社)は、そのヒントをふんだんに含んだ一冊です。登山GPSアプリで国内シェア1位「YAMAP」の代表を務める春山慶彦氏と、解剖学者の養老孟司氏、生命誌研究者の中村桂子氏、小説家で詩人の池澤夏樹氏との「子育てと自然」に関する対談が収録されています。

 養老氏は、「ああすればこうなる」というもの、つまり、結果が定められているものが現代の都市生活には満ちていると指摘します。もちろん、だからといって都市生活を完全に放棄することを同氏は勧めるわけではありません。遊びや自然との戯れの中で、「こうしたけどどうなるかわからない」「ああしたけどこうならなかった」といったような機会をしっかり持てるようにすること。また、自然環境の中に身を浸して、ただただボーっとする時間が大切だとしています。

advertisement

 中村氏は、そもそも「人間も生き物(自然の一部)である」という認識が、現代社会においては欠落していると指摘しています。それはちょっとした言い回しにもあらわれるといいます。例えば「子どもをつくる」という言葉がポピュラーになりつつあり、「子どもを授かる」「子どもに恵まれる」という言葉は、以前に比べると格段に聞かなくなったと説いています。子どもというのは単純にボタンをピッと押すように「生む」のではなく、様々な縁故が積み重なったうえで「生まれる」「生まれてくる」ものなのではないかと同氏は問題提起しています。

 では、物事を表層的に捉えてしまうのを、どのようにしたら回避できるのでしょうか。同氏は哲学者・大森荘蔵氏の「略画と密画」という概念を紹介しています。

たとえばバラの花があったら、私たちは、「ああ、きれいだね」「とげがあるね」「いい匂い」などと「略画」で見ます。一方、科学はバラを可能な限り最小の単位にまで還元して分析し、遺伝子はあるかとか、とにかく精密に見ようとするわけです。先生は、どちらがいい悪いではなくて、日常というのは略画と密画を重ね描きすることだよ、と。

 自然との接点は、このように「自分なりの見方」を養ってくれて、日常を豊かにしてくれる。これと同様のことを池澤氏は、写真家・星野道夫氏の「遠い自然、近い自然」という言葉を使って解説しています。

 例えば、アラスカで海上を豪快に飛び跳ねるクジラを見て感激し、日本の日常に戻ったとき「ああもしかしたら今頃クジラがあの時のように飛び跳ねているかもしれないなぁ」と、心の中に自然が立ち現れることです。

 このような「自然観」とでもいうべきものを養う経験こそが、現代社会の子育てや教育においてより補強されるべきところなのではないか? 編著者の春山氏はそう読者に問いかけつつ、神話学者ジョーゼフ・キャンベル氏の「Follow your bliss(自分の命のときめきに素直に生きる)」という言葉を引用して、「意味」よりも「経験」を大事にすべきだと主張しています。

今の社会は、意味を問い過ぎていると思います。経験する前から、その行為や活動に意味があるかどうかを問うてしまっている。意味ではなく、衝動やわくわく、ときめきみたいなもの。これらに素直に生きていると、後々その経験が意味になり、いずれはその人の仕事になると思います。

 子育てや教育に関するモヤモヤを抱えている人はもちろん、企業の成長やより柔軟な働き方、生き方の創出を模索している人にも、痛快な知的刺激を与えてくれる一冊です。

文=神保慶政

あわせて読みたい